鳳凰三山前衛 離山 (2307m) 2010年11月3日

所要時間
 5:45 ゲート−−6:13 朴の木橋−−6:21 尾根に乗る 6:28−−7:25 1393m峰−−8:18 1730m大岩−−9:07 2060m岩屋−−9:27 第5峰 9:38−−9:43 4,5のコル−−9:59 第4峰 10:09−−10:20 3,4のコル−(ルートミスによるタイムロス含む)−10:35 2,3のコル 10:40−−10:48 1,2のコル−−10:59 離山北鞍部−−11:08 離山 11:42−−11:49 離山北鞍部−−11:56 第1峰−−12:04 1,2のコル−(ルートミスによるタイムロス含む)−12:19 2,3のコル−−12:33 3,4のコル−−12:44 第4峰 12:49−−13:06 第5峰 13:14−−13:27 2060m岩屋−−13:56 1730m大岩−−14:22 1393m峰−−14:53 尾根を離れる 15:05−−15:09 林道−−15:32 ゲート

概要
 南アの藪山でも難易度トップ3に入るであろう山。ザイル必携で藪山というより岩山に近い存在で安易な入山はできない覚悟が必要な山。基本的にはクライミングの基礎技術を身につけてから挑戦したい(高等技術は不要)。山頂部は5つのピーク群(標高2200m付近のピークを合わせれば6つ。北側から第5高点、第4高点、第3高点、第2高点、第1高点、山頂)で構成され、地形図上の山頂は南端ピークであるが、実際の最高峰は第1高点である。各高点間鞍部にはギャップが存在し、ここへの降下が最大のリスク。4,5のコルは第5高点側が危険でザイルで確保すべき。3,4のコルは第4高点側が最後の数mのみザイル必要。第3高点側はザイル不要だがスラブ東側の巻道はえらい急登で木に掴まって細心の注意で行動すること。東の巻き道は3ルートくらいあり、正しいルートは一番上のもの。コルから最初の岩を登るのがツボ。第3高点側は東から巻いてしまい山頂は通らない。2,3のコルの第2高点側は岩で直登不能でコルを西に下って断崖になったら巻道が現れるのでそれを進む。巻道の最初の部分はかなり高度感があり、落ちればあの世行き確実なので木に掴まって慎重に。1,2のコルへの着地も細いバンドを伝わるので転落注意。1,2のコルから第1高点への登りは3m程度の凸凹が少ない岩を登り、あとは東を延々と巻く。ここは安全ルート。巻き終わると樹林が切れて明るい花崗岩地帯に出る。その先も危険個所は無く、籔っぽい稜線を登ると離山山頂。ここも花崗岩と白い砂、唐松の南が開けた明るい山頂。


 未踏の2000m峰もいよいよ数少なくなり、北海道を除けば安全登山は鉢盛山だけ。後の残りは軒並み北アルプスの岩峰で、北鎌独標くらいは今の実力でも登れそうだが(槍までの縦走は無理だろうけど)もう北アは雪山シーズンで来シーズンまでお預けだ。唯一、北ア以外の登り残しが鳳凰三山前衛の離山であるが、ここはある意味北鎌独標よりもヤバい。山頂渉猟やDJFの記録によると第4高点から3,4のコルへの下降はザイル必携で、他にも危険個所があるらしい。今年は岩の練習代わりに西穂稜線や明神岳を歩いたが、実際はザイルが必要な場面は皆無で下りでさえ危険を感じる個所は無かった。でも離山はそうはいかない。安全装備無しで入るのは無謀だし、装備があっても使えないのでは話にならない。

 その装備であるが、DJF情報によるとザイルが必要なのは3,4のコルへの第4高点からの下りの最後の数mと、1,2のコルの第1高点からの下りの数mの2か所で、他にもザイルが欲しい場所があったという。別格のKUMO氏は第4高点からの下りのみ必要との判断だったそうだ。私の実力では彼らに数段劣るため、帰りのために残置を考えて手持ちの4本全てを持ち上げることにした。第4高点からの下りでめいっぱいザイルを使う可能性も考え、30m/25m/15m/15mの組み合わせだ。30mと25mがあればピッチを区切れば大丈夫だろう。これを残置しても残り2本あれば凌げるはずだ。DJFはKUMO氏の残置があったが20m1本で問題なく山頂に到達している。なお、私が使ったロープは直径6mmでせん断荷重は240kg(非保証値)。衝撃を加えないような使い方なら私の体重+荷物をかけても安全係数は4倍くらいとれる。落下時は耐えられそうにないので下降時はロープにテンションをかけながら下るのがいいだろう。

 ロープはとりあえずいいが問題はハーネスと下降器が無いことだ。ハーネスは転落時の最後のストッパーとなるのでぜひとも必要だ(下降器が無い場合、落ちなければ出番がないが)。体に直接ロープを巻きつけることも可能だが、体への接触面積が狭いため落ちたら体の方が持たない可能性が高い。そこで今回は会社の工事用安全帯を使うことにした。これは高所作業用で頑丈なベルトに手すり等に掛けるフックが付いたものだ。そのフックが付いたクレモナロープを取り付ける金具がロープを結ぶいい場所として使える。もちろん、転落した場合でも破損しない強度がある。下降器は懸垂するときにロープとの摩擦で降下速度を調整できる金具であり、数字の8の形状をしたエイト環が一般的だ。これだとロープに全体重をかけた状態でも両手がフリーで使えて力も不要で長距離を下降するときには必需品だ。しかし短距離なら握力でロープにしがみついていればどうにかできるため、今回は下降器の調達はしなかった。

 私はクライミングの経験は皆無でロープワークの経験もない。しかしもしものことを考えるとせめてロープの結び方くらいは覚えた方がいいのは当たり前のことで、前日に8の字結びとブーリン結びの2種類を勉強した。ただ、完全に覚えたわけではなく、当日はDJFの記録をプリントアウトした紙の裏に自分で結び方の絵を描いた。安全性は8の字結びが圧倒的に高く、一般的にはハーネスに結ぶ場合は8の字結びが使われる。しかしブーリン結びは結び方が簡単で初心者でも間違えにくいし、負荷をかけて硬く締まっても簡単に解ける利点がある。ただし、横方向からの力がかかると簡単に解ける欠点があるため、一般的には推奨されない結び方だ。しかし私のような初心者単独では結び方が間違っていることすら判断できないため、8の字結びも結構なリスクが存在する。どちらも使えるようにしておくのがいいだろうとの判断だ。

 DJFの記録も充分読み込んで、近年稀に見る事前準備を整えて出発した。挑戦当日の天気予報は弱い冬型で山梨は快晴、少し西風があるかもしれないが行動に支障が出るほど強風は吹かないだろう。この時期ならまだ雪の心配もない。藪の葉も落ちて最適な時期と思われた。ただし日が出ている時間は短いので、岩で手間取ると帰りの途中で真っ暗になるかもしれない。帰りのために目印は充分準備した。

ゲート(翌日撮影)。以前は車の通りはなかったのだが 駐車場の案内

 大武川沿いの林道ゲートは数年前の宮ノ頭に登った時に利用しているのでルートは分かっている。キャンプ場を過ぎるとダートとなるが大型車両が出入りしているようで太いタイヤの轍が見られた。大武川を渡るとゲート到着、ゲート前の三角形の道の一部が一般車用駐車スペースとなっていた。平日は車は来ないだろうから平日は工事用車両が通行している様子だった。三角形の1つの角が邪魔にならない駐車場所となっておりここで一夜を明かした。寝る前にロープの結び方を確認。なるほど、解ける様子もない硬い結びになっているのに容易に解ける便利な結び方だった。さすがにロープ4本に安全帯は重い。特に安全帯は山では使わない大型金属フック(工事現場で手すり等にひっかけるための物)が重さの原因だ。これに飯と水1リットル、防寒装備が加わって日帰りとしては重くなり、標高差1500m+各ピークを越える労力を考えると時間がかかるかなぁと予想。

ゲートを出発 これから登る尾根が見える
えらく立派な朴の木橋 黄色い旗から斜面に取り付いた

 思ったより冷え込みはなく朝を迎え、お湯を沸かして飯を食って僅かに明るくなってヘッドランプを点灯して出発。どうせ林道歩きで明るくなるので問題なし。ゲートを越えて平坦な林道歩き。DJFが間違えた(というより地形図を見たら当然そうするけど)林道が左に分岐するが緩やかに登る直進林道を進む。やがて下り始めて遠くに朴の木橋が見えた。立派な橋で簡単に対岸に到着、ガードレールが始まる場所から斜面に取り付く。意外にもピンクリボンが下がっているが工事用だろうか。

最初からピンクリボンあり 藪皆無の快適な斜面
このピンクリボンが第4高点まで続く 尾根に出ると赤テープも出現

 斜面には稜線に上がるように獣道か踏跡かわからないが筋が上がっており、傾斜はきついが藪は皆無で快適に高度を稼いで尾根に出た。意外にもここには複数の目印があり、どうも今までの筋は本当に踏跡だったようだ。ここで防寒着を脱いでTシャツで身軽になった。

尾根を登り始める。踏跡あり 尾根の様子
尾根の様子 尾根の様子

 ここから尾根歩きが始まるが、南アらしく地面付近の藪が皆無で落葉広葉樹林が広がっていた。傾斜がきつい部分が何度か出てくるが特に危険は無く、踏跡に従って進んでいく。目印で顕著なのがピンクリボンで、DJFが使っているのと同じ種類のものだろうが「3年物」とは思えない程度の劣化具合だ。真新しくはないので1年程度か。場所によって密度が薄い場所もあるが、それなりの密度で第4高点まで続いていた。他には赤テープが適度な密度で付けられていた。これはDJFも目にしたもののようだ。

1320m付近 1320m付近のKUMO。帰りに気づいた
1393m峰 1450m付近の痩せ尾根。危険は無い

 標高1320m付近で北から太い尾根が合流、帰りはここで直進しないよう要注意だが、ここには特に高密度に目印が付いているので見落としはないだろう。ここからしばらくなだらかな稜線が続き、紅葉した藪無しの落葉樹林が続く。こんな穏やかな地形を歩いていると、この先に危険個所が出てくる気配は感じられない。標高1450mを越えると尾根が痩せてくるが危険を感じるほどではない。尾根上に立った露岩が立ちはだかる場所があるが西側から簡単に巻けた。

ここから斜面が立ちあがる 尾根がバラけて斜面の踏跡を辿る
まだ尾根がはっきりしないが目印多数 尾根が現れる

 標高1490mからは傾斜がきつくなり尾根が広がって広い斜面のような地形になる。しかし何となく踏跡はあってそれを追ってグングン高度を上げる。このような広い地形では登りはいいが下りでルートミスの可能性が高くなるが、ここには今まで以上に様々な種類の目印が目白押しで自分の目印を付ける必要が無かった。これを見る限り、結構な人数が入山していると思われた。ここも背の高い落葉樹林帯で藪は皆無、どこでも好きに歩ける植生だった。高度が上がると徐々にシラビソが混じるようになってきた。

標高1720m付近の巨岩 巨岩基部を左に巻く。崩れているが問題なし
小尾根に乗って上を目指す 尾根に戻る

 標高1720m付近で尾根上に巨大な岩が登場、巨大すぎて直登は無理で巻くしかない。ここがDJF氏の記録に出てくる1800m付近の大岩だろう。DJF氏が歩いた時は普通の斜面だったと思われるが、今は東側は崩壊して倒木と砂地の斜面と化しており下流方向に土砂が崩落しているのが見える。でもその崩壊地の上に新しい獣道ができており、傾斜も緩やかで特に問題なく横断し、その先の目印がぶら下がった小尾根に乗り移って高度を上げ、再び尾根に戻った。この付近まで高度を上げるとシラビソ樹林に切り替わった。

尾根を行く シラビソ樹林を登り続ける
1900m小鞍部 1900m小鞍部から見た甲斐駒

 この先もシラビソ樹林で地面に藪が無い南アらしい歩きやすい尾根が続く。目印も相変わらずでピンクリボンの頻度が高く自分の目印を出す必要性が無い。薄い踏跡も続いているが、時たま乱れてシラビソ幼木の中を歩いたりする。この辺は尾根がはっきりしているので目印、踏跡は気にせず歩きやすいところを歩けばいいようだ。地形図にガレマークがある1900mは小鞍部となっており樹林が開けて甲斐駒の展望が開ける。ここは土ではなく白砂の地面で鹿の足跡が多数見られた。

つららが凍ったまま 露岩が混じるようになる
鋸、缶切りがある岩屋 苔むしたシラビソ樹林が続く

 再び密なシラビソ樹林を進むと徐々に地面が苔むした状態となり、これまたいい感じだ。そして標高2060mで尾根上に障害とならない程度の露岩が点在するようになり、大きくせり出した岩屋が登場。ひとり分程度の広さしかないが地面は乾いて使えそうな場所だった。DJFが登った3年前と同様に鋸と缶切りが残されていた。ただしナポレオンの空き瓶が見当たらない。下山時に探してみたら朽ち果てた木の下に埋もれていた。もったいないので掘りだして岩屋の中に置いた。なお、木は凍っていて掘るのに少し苦労した。気温は0℃と今シーズン初めてプラスを割っており、どうりで汗をほとんどかかないわけだ。よく見ると日影の岩には大きなツララが下がっており全く溶けている気配がない。気温はほぼ0℃という証明だ。

露岩混じり ルートを選ばないと上に這い上がれない場所も

 多少石楠花が生えたシラビソ樹林だが、石楠花の密度は薄く全く障害にならない。明瞭な尾根を登っていくと再び苔むした露岩帯が登場、石の大きさは2〜3m程度で角が取れた花崗岩で、一部ルートがこの露岩で塞がれて石の上に上がらなければならないのだが、何せ角ばったところがないので手がかり足がかりが無く登れない。しょうがないので少し後戻りして岩に登れそうな場所を探し、そこから苔むした岩の上を伝わった。

最初の難関。細いバンドを下る 画面中央にバンドが走っている

 そこから間もなく幅の狭い岩が登場、高さは2mほどだが直下はかなりの傾斜の岩壁で地面は少し先にあった。岩には斜めに幅の狭いバンドが走っており、これはDJFの記録に出てくる岩だろう。どうにか足を置けるが足の幅より狭く、登りはともかく下りは怖い。のっぺりした岩で手がかりも無く慎重に通過した。

バンドを下ったらもっとヤバい場所が ここを下る。ロープ無しでも行けそうだが落ちればあの世行き
この壁を降りてきた 少しだけ水平移動

 地面に降りたって一安心かと思いきや、今度は尾根が切れ落ちている。そう、この先は小ギャップであった。ここは地形図上の2210m肩であるが実際には小ピークとなっており(ここでは他の記録に従って2210m峰を「第5高点」と呼ぶ)、その先は20m近くギャップに向かって切れ落ちていた。DJFがロープを出そうかと思ったがどうにか使わずに通過した場所はここで間違いないだろう。第5高点からギャップの底まで一気に落ちているわけではなく、まずは5m程度下にテラス状の着地点が見える。その間は凹凸の少ない垂直に近い岩で、途中に数箇所シラビソが生えているのでそれにしがみついて降りるしかなさそうだ。でも相当な傾斜であるし木の密度は低く、もし滑れば止まる可能性は皆無だ。木があるので足元深くの様子は見えないが、ギャップの反対側から見たら2,30mの垂直な岩壁であり、落ちたらあの世行き確実だった。私にはこれを普通に下る勇気は無く、ここで命綱を装着することにする。近くのシラビソにロープを通し、安全帯にダブルで縛り付けた。ただしあくまで非常時のプロテクションであり、実際にはロープに頼ることなく木に掴って安全地帯に下ることができた。

4,5のコルへはここを下る(写真では遠近感が・・・) 第4高点側から見た4,5のコルの第3高点側

 しかしこの先も猛烈な傾斜の尾根だ。しかし今までよりも手がかり足がかりがあって落ちる可能性は低いと判断、ロープを出さずに下った。しかしギャップから見上げると本当に登れるのか?と不安になるような傾斜で、ロープを垂らしておいた方が良かったのではと少々不安になった。まあ、下れたのだから常識的には登れるはずだが、一般常識的には帰りのためにロープを残置した方が良さそうな場所だ。その前にロープで確保して下った最初の斜面も残置が望ましい。ここは西穂〜ジャンダルム間や前穂〜明神岳間より確実に危険度は高い。穂高はゴツゴツした適度な大きさの岩が多く、手がかり足がかりが多くて登りやすいことが良くわかった。

4,5のコルの第4高点側。稜線の左を巻く 稜線のやや左を巻きながら登る

 ギャップから第4高点側はまっすぐ登ると表面スベスベの3mほどの岩があり、これは登るのは無理そうなので踏跡に従って左から巻く。正面の斜面は垂直に近いが左に回りこむと穏やかな樹林の斜面で安心して登ることができた。ここまで来ると目印の種類が一気に減少し、古くてズタズタになった青い荷造り紐と尾根取り付きから延々と続くピンクリボンしか気付かなかった。しかしまあ、このピンクリボンもよくもまあここまで根気良く付けたなぁ。手間と時間はかなりのものだろう。寿命がどれくらいか分からないが、あと1,2年は大丈夫だろう。

上部は傾斜が緩み尾根らしくなる 第4高点
第4高点の布KUMO 第4高点の標識。山頂ではない旨を追記

 登りきると地形図から読み取れるよりも狭い第4高点山頂に到着。白い山頂標識が地面に落ちているが「離山 2307m」は間違いだ。KUMO氏が書き加えたらしい「←400m先」の文字もある。正確を期すため、帰りがけに「ここは第4高点」と追記し、標高は2307に消去線を入れて2290mと書いておいた。おまけに「←400m先」に「が山頂」と続きを書いた。ここまで書けばこのピークは地形図の離山山頂ではないことが明白だろう。ここまでろくな休憩をとらなかったので少々お休み。3,4のコルの危険地帯下降の心の準備も行う。取り出しやすいようザック雨蓋に30mロープを移動した。

第4高点から見た第3高点 西に向かって下る
シラビソからカラマツに変わると左に回り込む 下ってきた尾根
KUMO氏が懸垂で下った斜面 コルへは数mのみロープを使った

 DJF情報に従って西向きに下降開始。軽い2重山稜になっていて中間の浅い谷を下っていく。シラビソ樹林で特に危険はない。しかし最後まで詰めるとガレて絶壁に近い谷になってしまうので、その手前で左手の尾根に乗り移る。ここも樹林で危険は無く、淡々と下ると左手の樹林が開けて花崗岩地帯となり、コルに向かって何段か棚状地形がトラバースするように緩やかに下っていた。左に曲がって花崗岩の砂礫の棚を緩やかに下ると3,4のコル直上に到着。底まで高さで3,4mというところで、絶壁ではなく花崗岩に斜めに段差が付いたところからどうにか下れそうな気もするが、念のために立木にロープをかけて一部だけロープに体重を預けてコルに立った。このコルへの下りが最も心配していたのだが意外に簡単にクリアできてしまった。

3,4のコルから見た甲斐駒 3,4のコルから見た第3高点側

 さて、次の難関は第3高点への登りだ。DJFが1回目に挑戦したときはスラブを登れずに撤退となったが2回目で正しいルートを見つけている。決定的な記述は、踏跡は3ルートあってその最上部が正解だとうい。つまり、できるだけ高いところから巻くのが吉らしい。

最初の岩を登らずに左に進んだ 踏跡があって行けると思ったがこの上部でスラブに遭遇

 正面には高さ約2mの手がかり足がかりがないのっぺりしたスラブ状の岩があり、これはちょっと登れないだろうと判断し、巻けるのは左だけなので左に進む。すると意外に明瞭な踏跡があり、一番高そうな場所にある棚状のルートに踏跡が続いていた。右の岩壁側にはツララが垂れ下がり凍りついたままだ。これで地面まで凍っていたら進むことはできないが、幸い土が積もって滑ることはなかった。かなり傾斜があるので落ちないように気をつけ、途中に僅かに生えたシラビソに掴ったりする。このまま行けるかと思いきや、最後は土も木もないノッペリスラブのお出ましで、木があるところまでの距離は約3mといったところか。左は切れ落ちて途中で滑って転落すれば軽傷では済まない。たぶんこれがDJFが1発目に行き詰った場所だろう。ちゃんと前例があるのに見事にDJFと同一の失敗をしてしまった。逆に言えば常識的にルートを見定めるとここに行き着くことを意味する。

この岩を登る。凸凹少ないが何とかクリア スラブ左側基部を急登。転落注意
振り返る。右は切れ落ちている そのまま左を巻きつつ急登が続く

 コルに逆戻りし、もっと高いところから左に巻ける場所がないか観察すると、目の前の3mスラブを越えるとその上が樹林になっており、そこから左に逃げられそうだ。問題は滑りそうなこの岩を登れるかどうかだが、取り付いてみると靴の摩擦だけで何とかクリアできた。ただ、下りは滑るしかなく、たかが3mとはいえ衝撃を考えるとロープで確保した方がいいだろう。樹林より上部は巨大逆層スラブで下部は高さ2,3mはあろうかと思われるオーバーハングの壁で乗り越えるのは不可能、樹林に沿って左に逃げると目印は無いが踏跡が続いていた。矮小な木々の間の超急登で足が滑っても止まらない傾斜だが、登りであれば木に掴りながらさほど問題なくクリアできた。ただ、ここを下るには部分的にロープで確保したい場所もある。もっと木がわさわさ生えていれば安全なのだが。

傾斜が緩んで水平巻道を進む この先で尾根を右に回り込む
尾根を西に回り込むと2,3のコルへとトラバース 2,3のコルから第2高点側。岩で登れない

 傾斜が緩むと踏跡はそのままピークより東を巻いたまま水平移動となった。ここはもう安全地帯で気が休まる場所だ。肩を超えて右に曲がって樹林を抜けると目の前に2,3のコルが登場。そこまでは第3高点の岩の基部に安全ルートがあり、横移動するだけでコルに立った。コルの両側とも岩壁でどちらもピークから直接上り下りするのは不可能な状況だった。もちろん、これから向かう第2高点も稜線沿いには登れない。

2,3のコルから西を見る。高まりの手前に穴があいている 西の高まりへザレた谷を下る
高まりから見た西側。この足元は断崖絶壁 西へと巻道がある

 ここでDJFの記録を読み返すとコルから西に下ってから巻道に入ることになっている。コルから西を見ると、両側から岩が迫って狭い廊下のようになった砂地の谷がそこそこの傾斜で続いており、10mくらい先に大岩があってその直前に隙間が暗い口をあけている。たぶんあの向こうは絶壁なのだろう。穴に落ちたらあの世行きで、砂地をズルズル滑っていくのもいいが止まらずに穴に落ちたら洒落にならない。たぶんロープ無しでいけるだろうと思える傾斜ではあったが、念のためロープを垂らして下っていった。コルには大きなシラビソ?があっていい支点になった。

巻道から上を見る。絶壁続き 巻き続けるが右側は絶壁。落ちれは命は無い
微小尾根から巻道を振り返る。この付近目印残した方がいい そのまま西を巻き続ける
細いバンドを伝わってコルへ降下 1,2のコル

 岩の先からは左の斜面に踏跡が続いており、それに従う。しかしこの斜面は矮小な木が生えているとはいえ、絶壁に近い傾斜の中断に狭い棚のように続くルートなので、足を踏み外したら100m以上は墜落確実だ。少し水平移動すると2,3m降下して再び登り返し、微小尾根を少しだけ登り返すと横移動になる。下ってから微小尾根に乗るまでが最大の危険箇所で、ヤバいと思ったら迷わずロープで安全確保すべきだろう。微小尾根から1,2のコル直前までは危険のない巻道であった。1,2のコルが接近すると地面が土から岩になると同時に足元の幅が足が乗るギリギリくらいに狭まる。落ちないように岩壁側に体重をかけ、できるだけ安全そうなルートを探して横移動、コルより少し高度を落として最後は登る形となってコルに出た。

第1高点側の岩。凸凹少ないがどうにか登れる 岩の上から見た1,2のコル

 コルの第2高点側は切り立った崖で、これから進む第1高点側は高さ3m程度の垂直ではなくある程度傾いた1枚岩だ。コルの両側を見渡したが迂回できそうな地形ではなく、DJF氏の記録を取り出して読み返すとこの岩を登るようだ。1枚岩なので明白な手掛かりや足がかりは無く、DJFは「軽い岩登り」と表現しているが登れるのだろうか? でも3,4のコルの岩も同じくらいスベスベだったからどうにかなるかな。いざ取り付いてみると少しの凹凸でも登山靴で滑ることなく登ることができ、思ったより苦労せず登りきることができた。しかし下りではグリップは望めないだろう。まあ、落ちてもコルの両側が絶壁なわけではないので死ぬことはないが、3mの高さがあるので痛いのは間違いない。下るときはロープを使った方がいい。

第1高点は東を巻く 安全ルートが続く
樹林が切れると花崗岩の明るい尾根に 巻道の入口を振り返る

 この岩を越えると踏跡は等高線に沿って第1高点の東斜面を延々と巻く。ここは穏やかな樹林帯で安心して歩ける場所だ。そして小尾根を越えると樹林が終わり、花崗岩の巨岩と白い砂の斜面に一変する。これは劇的な風景変化で、日影の世界から太陽いっぱいの明るい世界で視界も一気に開ける。鞍部の先には樹林に覆われた低いピークが見えるが、あそこが離山山頂のようだ。明らかに第1高点の方が標高が高いが、地形図も山名辞典も南端ピークを山頂としているのでそこは踏まなければならない。最高点の第1高点山頂は帰りに踏むことにしよう。

離山山頂は近い 第1高点。帰りに立ち寄ることに
鞍部へと下る 奇岩

 第1高点南鞍部へは巨岩の斜面を下っていく。これが岩の連続だと危険地帯になるが、ここは隙間が多くて岩の間隔も広く、そこは風化した白い砂で覆われたバンドであった。そのバンドを適当につないで鞍部に立つ。

鞍部から山頂側 第1高点を振り返る
歩きやすいところを適当に歩く 山頂まで籔っぽい尾根が続く

  そして山頂に至る尾根に取り付くと明るい光景から暗い樹林に逆戻りだ。危険地帯が無いのはいいが今までより籔っぽくなり、薄い踏跡を辿る。まあ、てっぺんまで大した距離はないので歩きやすい所を適当に行けばいいけど。

離山ピークの最高点(東端) 花崗岩と白砂の斜面を西に向かう

 傾斜が緩むと樹林の中に巨岩が点在する場所に出て、それを抜けると樹林が切れて南側の視界が開けた。ここが離山山頂峰の最高点だったが目印や標識が見当たらない。3年前にDJFとKUMO氏が登っているのでどちらかの目印の残骸くらい残っているはずだ。GPSの電源を入れて確認すると山頂はここより西にあることになっていた。このピークの南斜面は花崗岩が風化した白い砂で覆われ気持ちのいい場所で、ここに足跡を残しつつ進んでいく。他に人間の足跡は無くカモシカか鹿の足跡(どちらのものかまでは判別できない)が点在するだけだ。

地形図の離山山頂 色が完全に抜けた布KUMO
離山から見た甲斐駒 離山から見た仙丈ヶ岳。僅かに白い
離山から見た早川尾根
<
離山から見た八ヶ岳

 岩の南を巻いて登り返したところが地形図の離山山頂だった。平坦部に唐松が林立し、北側の展望はあまり良くないが南はばっちりだ。目の前の高いピークは地蔵ヶ岳で、尾根がつながっているのでこちらから離山を往復することも可能だろう。危険個所の有無は一部の記録を読んだ限りでは問題ないらしい。ただし無雪期の記録は無いので藪の程度は不明だ。それに日帰りはかなり難しくなるだろう。地蔵ヶ岳から西は早川尾根が続き甲斐駒でおしまい。朝方は雲が時々掛かって雪で白かった甲斐駒も、今はすっかり雪が消えていた。八ヶ岳も雲が取れて白くなった姿が見えていた。山頂の人工物は枯れ木に結ばれた色が抜けた布のみ。おそらく布KUMOだろう。文字は完全に消えてしまったかと思ったが、裏返すと僅かに「久妹」と「07.11.?? DJF」と読めた。これ以外は目印も標識も皆無。第4高点を下ってからここまでも目印皆無で、ほとんどの人は第4高点で引き返していると思えた。ここを踏める人は年間数人程度ではなかろうか。

 山頂はなかなか気持ちい場所でしばしのんびりしてしまった。登りで約5時間半かかったので下山は4時間くらいだろうか。林道に下りる前に暗くならなければいいのでお昼くらいに出発すれば大丈夫だろう。休憩中は時たま強風が吹いて瞬間的に寒い時もあったが、大半の時間帯は風もなく穏やかであった。

離山から見た第1高点 離山東端から下る
鞍部から見上げた第1高点 第1高点山頂
第1高点から見たアサヨ峰と甲斐駒
第1高点から見た甲斐駒

 さあ、下山だ。第5高点を越えるまでは気が抜けない。まずは第1高点のてっぺんに向かう。藪を抜けて鞍部から花崗岩地帯の登り。途中でザックをデポして空身で山頂へ。山頂直下まで花崗岩地帯が続き、山頂は狭いが平坦地があった。ここには布KUMOやピンクリボンは無かった。

1,2のコルへはロープで下る 1,2のコルから第2高点西側巻道へ
微小尾根から東を見る。この付近分かりにくい ここまで来れば2,3のコルは目前

 ザックを背負って第1高点の東を巻いて1,2のコルへ。立木にロープを通してコルに立つ。第2高点は西を巻いてきたのだが帰りにルートに迷った。僅かに残した目印が無ければかなりヤバかった。踏跡といっても人間の道ではなく獣道であるから巻道と思える筋がいくつもあるので迷いやすい。一番分かりにくいのは微小尾根を西に下るところから横移動で僅かに下って2,3mの急登で2,3のコル近くの安全な巻道に達するまでの間で、ここはいくつか目印を残した方がいい。そしてここは危険地帯で落ちたら一巻の終わりなので行動は慎重に。2m程度の距離だが1か所だけロープを出して下った。やはり登るより下る方が危険度は圧倒的に高い。

,3のコルから東の巻道へ 3,4のコル手前の岩はロープで下る
3,4のコルより登り 第4高点

 2,3のコルへはザレた地面で登りは結構苦労した。ここはロープを残置した方がよかった。DJFは両側の岩壁に腕をつっぱってクリアしたようだ。第3高点を東から巻いて急な下りにかかり、ここもロープでの確保が欲しいところだった。3,4のコル直上の岩はロープで下りコルへ。残置したロープで高台へ登り、あとは左に巻いてから尾根を伝って第4高点へ。しばし休憩。

4,5のコル手前から見た第5高点への登り 4,5のコル

4,5のコルから第5高点の登り 第5高点直下の登り

 これより先は目印があるのでルートミスは心配せずにいが、関門の4,5のギャップが待ち構える。ギャップの真上から下ろうとしたら3,4のコルと同様に3m程度の岩の上に出てしまった。こちらの方が傾斜が急でとても足がかりは期待できず、ロープにぶら下がるにも握力だけでブレーキがかけられるか心配になったので降りるのは諦め、東に回り込んで踏跡を辿ってギャップに降り立った。ギャップから第5高点への登り始めはロープを残置しなかったことを後悔するような猛烈な傾斜で顕著な凹凸でもなく、木の根や小さな岩角を頼りに登る。取り付いてみると意外と何とかなってしまった。そして中間のテラスからの登りの方が厳しく、ここはロープがあった方が良かったと本気で感じた。登るだけならどうにか登れるが立木が少なく、落ちるリスクがそれなりにある。ロープがあればそのリスクをかなり減らせるのは間違いない。ここをクリアして狭いバンドの岩を登ればやっと危険地帯をすべてクリア、もうロープの出番はない。ここで安全帯を外し、ポケットに入れていた15mロープもザックに収容した。

こんな目印もあった 岩屋にはナポレオンを追加

 これで緊張が解けたのか、安全地帯の下山では2か所ほどルートを外した。2150m地点で右に進路を振る必要があるところを直進してしまい、それまであった目印が皆無となって気付いた。ここはそれなりの頻度で目印が付いているので漫然と歩かず目印を探しながら歩けば間違えることはない。2060m岩屋ではDJFが目撃したナポレオンの空き瓶があるはずだと周囲を探すと、岩屋の前に朽ち果てた倒木があり、その下に埋もれていた。半分凍っていて手では掘りだせずに登山靴で蹴って掘り出し岩屋の中に置いた。今は岩屋の残置は鋸、缶切り、そしてナポレオンの空き瓶の3点セットである。

途中から見た宮ノ頭 もうすぐ林道

 1320m地点では進路を左斜め前方に振るが、明瞭な尾根は西に落ちる尾根で、登ってきた尾根入口は不明瞭で間違いやすい。ここも目印があるのでちゃんと見ていれば外さないで済んだだろう。あとは間違えることはなく、林道から尾根に出た場所に到着。ここで最後の休憩。下界では工事の重機の音が盛んに聞こえており、祝日なのに工事をやっているようだ。おそらく林道はダンプが走り回っているだろうから、林道に降りたらさっさと下った方が邪魔にならなくていいだろう。

林道到着。朴の木橋上流は工事中 林道から見た離山ピーク群
林道から見た一の沢左岸尾根と離山 無事駐車場到着

 林道に降り立ち、道路の端を小さくなって歩いた。ダンプが頻繁に出入りしており排ガスと埃を浴びて歩くのは気持ちいいものではなかった。林道が大きく左カーブして駐車場が見えたところで林道を外れ、伐採された平坦地を突っ切って車に戻った。

 

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