劔岳北方稜線 僧ヶ岳、駒ヶ岳、サンナビキ山、滝倉山 2008年5月3〜4日

 

 劔岳北方稜線の末端付近には2002mの駒ヶ岳があり、2002年に登山道が開かれて無雪期でも登れるようになったが毛勝三山との中間にあるサンナビキ山最高峰の滝倉山は登山道はない。藪の状態を考慮すれば当然ながら残雪期しか登るチャンスはない。ネットで検索すると大型連休前後の僧ヶ岳から毛勝三山への縦走の記録がいくつもヒットするが、黒部別山同様にこの連中も私とは違って雪山のエキスパートパーティーでさらりと記述しているだけで、いとも簡単に滝倉山に登っているように書かれている。しかし、後立山北部の不帰岳山頂で見かけた山頂標識を付けた関係者にメールを送ったところ、滝倉山にも登ったのだが駒ヶ岳から縦走したら雪壁に阻まれて撤退し、後日、どこかの谷から登ったとのことだった。どの辺で雪壁が出てくるのか不明だが私に突破できるようなシロモノなのか非常に不安である。まあ、どこかの谷からなら登れるようなので最悪は再挑戦すればいいさとまずは駒ヶ岳から往復することにした。私の場合はそこそこ残雪期の山の経験はあるが残雪期の危険地帯の経験が少ないのが最大の難点だ。何せわざわざ危ないルートは登らないからなぁ。

 ルートとしては宇奈月温泉スキー場上部の僧ヶ岳登山口と片貝山荘近くの僧ヶ岳登山口の2つがあり、登山道の距離的には片貝山荘の方が近い。問題は両登山口とも大型連休でどこまで除雪が進んで車で入れるかで、ある記事では宇奈月側は標高500mまでしか入れなかったと書かれていた。しかし片貝山荘も大明神山に登ったときには第2発電所までしか入れなかったので年によって除雪状況が異なるようで現地で確認する必要がありそうだ。今年の連休の第2弾として考えていたので、黒部別山から下って下界で休養している間に両登山口を確認すればいいだろう。

 

宇奈月の僧ヶ岳登山口の除雪終点 除雪終点手前の駐車スペース

 

 黒部別山から無事下山して糸魚川のコインランドリーで洗濯し、親不知の道の駅で山行記録を打ち込んでから宇奈月に向かう。黒部川に沿って遡上し、細い温泉街の道を僧ヶ岳登山口の案内標識に従って曲がり、スキー場をウネウネと登る細い舗装路で高度を上げていく。スキー場最上端の公園を過ぎても道には雪が無く、第1登山口を通過して第2登山口で林道は尾根北側に回り込み、この先は除雪されておらずここから歩きとなる。車は数台駐車可能で標高は約650mである。

 

片貝第2発電所のゲートは開いていた 2つ目の橋の先で車止め

 

 次に片貝川に向かい上流目指して走り第2発電所に達すると今年は車止めは開いているがなんとか橋の300m先まで通行可能と書いてあった。残念ながら片貝山荘までは入れないらしいがどこまで入れるのかと進んでいくと片貝川を渡る2つ目の橋の300m先で施錠された車止めがあった(GPSによると標高は400m)。タイアサイズが大きな車なら溝を乗り越えて右側から進入可能だが、そこまで無理するのは躊躇われる。これなら宇奈月から登る方が楽だが買い物等の利便性を考慮して休養日は魚津付近で過ごすこととし、魚津市街でガソリン税が元の暫定税率に戻る前に給油し、食料を購入して桃山運動公園で一夜を明かした。ここは飲み物の自販機もあるし自動照明付きトイレがあり、なかなか快適だった。

 休養は中2日か中3日か悩んだが、どちらにしても連休後半の残り日数が少なくてもう1カ所残雪の未踏2000m峰を稼ぐわけにはいきそうにないので、しっかり疲労を抜いて滝倉山に挑戦すべきと判断して下界で3日間の休養とした。おかげで滝倉山に登る前に黒部別山の山行記録を書き終えることができた。車の中でノートパソコンが使えると暇つぶしに最適だ。本当はネットがつながるといいのだが、オフラインでもPC単体で充分楽しめる。ただ、やりすぎると車のバッテリーを消耗するので要注意だ。

 

僧ヶ岳第2登山口 しばらくは夏道が続く
標高900m位から雪が出てくる 標高1000m位で完全に雪

 

 宇奈月温泉で温泉に入ってから僧ヶ岳登山口に再び登るがやっぱり車は1台も無い。夜寝ている間も車が上がってくることはなく、連休後半初日から私一人の入山となった。実際はもう少し後から出発した人がいたが、この時点ではそんなことは分かるはずもない。全く雪がない登山道を登り、送電鉄塔を過ぎて尾根を登っていく。標高900m付近からやっと雪が出てきたので念のためにアイゼン装着、傾斜的には大したことはないのでアイゼンは不要だが、どこで必要になるかわからないので早めに付けておいた。

雪に埋もれた林道に出る 林道から痩せ尾根に上がる
尾根取り付き以降の林道が安全に歩けるか不明 フィックスロープはあるが無雪なら危険無し

 

 1043m標高点で雪に埋もれた林道と合流、少しの間林道を歩いて左手の林道に削られて薄っぺらになった尾根に乗り移る。夏道はもう少し林道を歩いた先から尾根に登っているが、まだ雪が多くてこの先の林道が安全に歩けるか不明なこと、地形図を見る限りは夏道が尾根に這い上がるところは非常に傾斜がきついことがあってのことだ。フィックスロープが張ってあるが、雪が付いていない今は必要なものではない。藪っぽい地帯を通過して小ピークを越えると踏跡がはっきりし夏道と合流した。

まだ夏道と合流しないが目印あり 林道から上がってくる夏道と合流
1431m峰 登りは藪を突破、下りは右の雪を使用

 

 1431m峰直下は夏道は出ているが横に寝た木の上に雪が乗って蓋のようになっているし、すぐ右手はクラックで少しズリ落ちて段差ができた雪壁でルートに困ったが、結局は夏道を行って横に寝た木に登ってピッケルをシャフトいっぱいまで刺してどうにか雪の上に這い上がった。もっと下から右に巻いた方が良かったかもしれない。ちなみに帰りには雪壁にトレースができていてノーアイゼンで下ることができた。上の写真では緩い斜面に見えるが実際はかなりの傾斜である。写真だと遠近感が現実の感覚と大きくずれているので注意が必要だ。

この藪は右を巻く 奥に駒ヶ岳が見える
だだっ広い尾根になる 烏帽子山の尾根に合流する手前
烏帽子山の尾根に合流 標高1600m付近。ガスられたらやっかい

 

 この先はイヤらしい所はなく、ピークを越えて鞍部付近は夏道が出た部分もあったが、その後は快適な雪稜が続く。もっと雪が多いときに付けられらしい3mくらいの位置にぶら下がったピンクリボンがいい目印になる。ただし1550mを越えて烏帽子山の尾根と合流した以降は木が無くなって尾根が広がり、ガスられたら下山で苦労するようなだだっ広い地形が僧ヶ岳まで続く。たま〜に竹竿目印があるが数が少なすぎて役立つかどうか。こういうときのためにGPSを持ってきたのだが電源を入れるのを忘れていた。ま、天気予報では翌日は高気圧が真上に来て快晴と告げていたが。

やっと僧ヶ岳が見えた 僧ヶ岳への最後の登り
僧ヶ岳からの展望(クリックで拡大)
僧ヶ岳から見た滝倉山

 

 雪が消えて広い範囲で夏道が出ている仏ヶ平を突っ切り1775峰から再び雪に覆われた銀世界となりなだらかな雪原が僧ヶ岳山頂へとつながっていた。駒ヶ岳への尾根は左手に見えており緩斜面をトラバースすれば労力削減が可能なので荷物をデポして空身で山頂を往復することにした。ほどなく僧ヶ岳山頂に到着したが、だだっ広い雪原が広がるだけで立木1本すらなく山頂標識も目印も足跡も皆無だった。ここから見る駒ヶ岳は近いとは言えず、その駒が邪魔で肝心の滝倉山は山頂付近しか見えない。しかし、僧ヶ岳から駒ヶ岳手前の1914m峰までの尾根上はほとんど雪が消えてしまっており、尾根南側は全く雪がないではないか! 尾根北側に残った雪庇が安定している場所は雪が使えるが、亀裂が入って落ちそうなところは雪は使えず稜線を歩かなければならない。駒ヶ岳までの尾根には夏道があるので問題ないが、駒ヶ岳から先でそんな状況があったら尾根上の藪を漕ぐしかない。藪が笹ならまだマシでハイマツや石楠花、灌木だとかき分けるのが大変だ。これじゃ今回は駒ヶ岳までかもなぁ。

僧ヶ岳〜駒ヶ岳の尾根。予想より雪が少ない しっかりした夏道
鞍部から1914m峰へ登る 雪が消え長い夏道区間が続く

 

 デポしたザックに戻り、トラバースして駒ヶ岳への稜線に乗ると、雪庇にクラックが入っているのでいきなり夏道を歩き始める。夏道はよく手入れされて歩きやすく、駒ヶ岳まで歩くだけなら無雪期で全く問題ない。その後もひびが入って不安定な雪庇を避けて尾根上に出た夏道を歩く区間が多く、全体の半分程度は夏道を歩いたと思う。

 さて、時間は早いがそろそろどこで幕営するか決める必要がある。できるだけ滝倉山近くまで行きたいところだが、進めば進むほど大ザックを担いで戻る距離が増える。特に駒ヶ岳より先に行ってしまうと駒へのまとまった登り返しがあるので止めた方がいいだろう。なだらかな1914m峰が1つ目の候補で、広い雪原で幕営適地だった。ここから駒ヶ岳は目と鼻の先だが、地形図でコンタが混んでいる1900〜1950m地点は尖った岩場が立ち上がっており、夏道が出ていれば問題ないがそうでなければ大ザックで通過できるのか不安だ。幕営場所はこの1914m峰として明日はアタック装備で滝倉山を往復しよう。ただし、まだお昼前で時間はたっぷりあるので駒を往復してルートの確認をしておこう。駒から先の尾根の残雪状況も駒ヶ岳登れば見えるだろう。

 テントを張っていると木も何もない僧ヶ岳山頂付近に3つの黒点が見え、しばらく見ているとこちらの尾根へと動き出した。どうやら私と同じく滝倉山方面へと縦走するパーティーらしい。今日はどこで幕営するのだろうか。私が駒ヶ岳を往復している間にすれ違うかな。もしかしたら私より先に進んで明日は私が先頭ではなく彼らのトレースを追えばいいかもしれない。

駒ヶ岳への登り 最初の岩峰を右から巻く
フィックスが張られた夏道が出ている 2つ目の岩峰も夏道で右を巻く
2つ目岩峰の裏を稜線へと登る 傾斜が緩み駒ヶ岳山頂が見えてきた

 

 サブザックを持って鞍部に下ると岩峰が目の前に迫るが、しっかり夏道が出ていて右を巻いてしまう。ザイルが張ってあるが雪がなければ使う必要はない。その先にも岩峰があるがこれまた右を巻いてしまい、僅かな距離だが急な斜面を登ると尾根上に復帰、以降は傾斜が緩んで雪があっても問題なく歩けるようになる。

 

1914m峰 駒ヶ岳山頂

駒ヶ岳から見た滝倉山への稜線

 

 緩やかに登り切ったところに花崗岩の山頂標石が立つ駒ヶ岳に到着、西側は地面が出ている部分があるが大半は雪に覆われていた。ここまで来ると滝倉山までの稜線は手に取るように見えるが、思ったよりも稜線に雪が張り付いており、藪に突っ込むのは全体の2割程度と思われた。これなら何とかなるかもしれないが、所要時間は実際歩いてみないと分からない。下手をすると明日中に下山できないかも? まあ、予備の食料があるのでもう1泊しても問題ないが酒が無くなりそうなのが難点か。ここから見る限りでは危険地帯は無さそうだが、細かい地形までは見えないのでどこで雪壁が出てくるかは現場に行かないと分からない。

単独で劔を目指す女性 能登半島の向こうに夕日が落ちる

 

 偵察を終了してテントに戻ればやることはなく、日差しを利用しての水作りに勤しむ。これだけ気温が上がれば太陽光だけで雪を溶かすことができガスを使わずに済んだのは助かった。水作りの間に3人組がやってくるかと思ったがいつになっても姿は見えず、代わりに単独女性が登ってきた。こんな時期にこんなところに単独入山するのだから並みの技術力ではなかろう。話を聞くとできれば劔まで行くとのことで、私から見れば雲の上の世界の話だ。入山初日で駒ヶ岳を越えそうな勢いで相当な脚力でもあり、やっぱこれくらいの力が無いと単独縦走は難しいのだろう。私のようなレベルの人間では恐怖感に襲われて躊躇する雪壁でも他人のトレースの有無は精神的に大きな差が出るので、このまま先頭を歩いてトレースを付けてもらえるとありがたい。ただし、あまりにレベルが違い過ぎて私には恐ろしくて登れないようなルートに足跡が付いていたら困るが。雪が付いた劔を単独で目指す人なのだから雪、岩の技術力の差は私とは比較にならないだろう。私が上なのは藪漕ぎの根性と道無き尾根でのルートファインディング能力くらいかな。先に見た3人パーティーは途中で幕営していたとのことで、明日どこかですれ違うだろうか。

 連休前半の黒部別山では夜中は-6℃まで気温が下がったが、この日は殆ど同じ標高なのに明け方でも+5℃までしか下がらず、朝になっても雪の締まりがイマイチでクラストした快適な雪面を歩くことはできなかった。朝飯を食べて5時前にアタック装備で出発、長丁場になるかもしれないので水は1リットル持っていき、昼飯も全部持っていく。風は強いが快晴間違いなしで日焼け止めと麦わら帽子を忘れない。麦わら帽子は日よけにはいいのだが強風だと煽られて邪魔なのがちょっと困る。しかし、こんな時期にこんな山で麦わら帽子を被った登山者など私以外に考えられないだろうな。

翌朝再び駒ヶ岳山頂 駒から下り始める。最初は気持ちいい雪稜
先行する単独女性の幕営跡 強力な灌木藪に突入
尾根上は雪が落ちていた いったん藪を抜けるがこの後も藪で右 (西)から巻く
振り返ると藪を漕いだ区間が見える 藪が出た1730m鞍部付近は西を巻く

 

 駒ヶ岳を越えていよいよ今回の核心部に突入する。なだらかな雪原を下っていくと小さな肩に幕営跡を発見、先行する女性のものだ。さて何時頃出発したのだろうか。私の方が荷物はずっと小さくて軽いのでどこかで追い越すだろうか。なだらかな雪稜がずっと続くかと思ったら1867m標高点を越えて尾根が痩せると稜線上と西側の雪は消え、東側の雪庇は崩壊して藪漕ぎ突入だ。これが笹が主体ではなく石楠花、栂の幼木、横に張り出した灌木が主体で手袋をしていない手の甲はあっという間に傷だらけになってしまった。尾根が広がり始める1780mくらいまでは藪漕ぎが続き、やっと東側に雪が出てきたと思ったがズタズタに割れて危険で歩けず、そのまま稜線上の藪をこぎ続ける。やっと稜線上に雪が出てきてほっとするが、1730m鞍部付近で再び稜線上の雪が落ちて藪漕ぎとなった。私はしばし稜線上を歩いたが、先人の足跡は右側(西側)の残雪上を巻いていた。この鞍部付近はずっと西側を巻くのが正解だ。標高が高いところにいるうちに前方の残雪状況をよく観察しておくべきだった。

 

 1769m峰から先は雪が続いて藪から解放されほっとする。雪の締まりは悪いが踏み抜くことはなく沈み込みは5cmといったところだ。この状況がずっと続けば時間もかからず体力消耗も抑えることができるが、さっきのような藪が頻繁に出てくると時間内に滝倉山まで往復できるか怪しくなってくる。ネット上のある記録では駒ヶ岳から滝倉山まで6時間かかっているしなぁ。頑丈ででかい雪庇がたくさん残っていることを祈るばかりだ。

1769m峰から下る 1769m峰を振り返る
1730m峰から下る女性 1753m峰への登りは完全に藪

 

 雪に覆われた1700m鞍部を越え、その先の1730m峰のちょっと先で先行する単独女性が休憩中で私がトップに立った。上級者よりも先に私が歩いて変なところをルート取りする無様な姿を晒すのはちょっとイヤだなぁ。まあ、安全第一で行こう。1753m峰手前の1710m鞍部近くから1753m峰までは雪が落ちて完全に藪が出てしまい、こちら側に寝た灌木と格闘させられる。でもまださっきの藪より距離は短く、帰りは下りだからマシだ。さっきの藪は帰りは登りになるから頭上を覆う木をかき分けながら登ることになり、真っ昼間でクソ暑い時間帯だろうから考えただけでいやになる。

2つ目の1740m鞍部付近 1760m峰手前でガレが出るが危険無し
1760m峰から見た1801m峰 1801m峰への登りはクラックがあり右から巻く

 

 1760m峰はてっぺん付近は雪が消えてに藪が出てしまっているが、臑程度の高さの細い木と笹とで藪漕ぎ不要の気持ちいい場所だった。1801m峰への登りは途中で雪が割れて壁になっているので、立木の右を回り込んで急斜面を登った。1801m峰は巨大雪庇に覆われ展望がいい。ここまで来ると駒ヶ岳よりも滝倉山の方が近い。見る限りはこの先はずっと雪がつながり、1950m峰の登りが急で嫌らしそうに見える以外は問題なさそうだ。

1801m峰から見た滝倉山までの稜線 1780m付近から見た1750m鞍部
サンナビキ山向けて広い尾根を登る 北尾根合流地点は雪が割れていた

 

 1750m鞍部付近は雪庇が落ちて稜線上は藪が出ているが緩やかな南斜面には雪がたっぷりついていたので迂回でき、シラビソの点在する気持ちのいい広い尾根をグングン登っていく。このまま1950m峰(現在の地形図でのサンナビキ山)へと淡々と登っていけばいいかと思いきや、北から上がってくる尾根と合流して右に屈曲する部分で雪が割れている。10m程度の藪と岩の急斜面をよじ登ってこれまた取り付きが急な上部の雪に取り付こうとするが岩の部分が滑りやすく(特に危険があるわけではないが)、ここは無理をしないで割れた雪を左に伝わって北の尾根に乗り移った。

北尾根と合流して快適に雪稜を登る サンナビキ山。手前で雪が割れている
割れた雪の間を歩いた サンナビキ山山頂

 

 再び気持ちのいい雪稜となりこのままサンナビキ山まで続いていると思いきや、1920m肩付近は雪庇は盛大に割れて藪が出ているが、右手の雪の安定性がイマイチ信じられないので大クレバスの底を歩いた。その先は安定した雪が続いて1950m峰に到着した。私の勘違いかもしれないが以前の地形図では滝倉山東側の1949m三角点峰がサンナビキ山とされていたように記憶しているが、今の地形図ではサンナビキ山と書かれた位置は特定のピークを指しているようには読みとれず、日本山名事典では最高峰の滝倉山の北側の1950m峰、つまりここをサンナビキ山としている。巨大雪庇の上なので木は埋もれており、山頂標識があるのか不明だ。目の前には最終目的地である滝倉山が見えているが鞍部までは雪が落ちて藪が出ており、最後の登りは急な雪壁に見える。これが噂の雪壁だろうか。

滝倉山は目前 藪が続く1910m鞍部への下り

 

 雪壁にアタックする前に藪の中で休憩。強風で麦わら帽子が邪魔なので立木にデポする。尾根上は雪が落ちて帰りも稜線上を通らざるを得ないので回収し損なうことはないだろう。ここからは見れば見るほど雪壁はイヤらしく、本当に登れるのか心配になってくる。一部藪が出ている区間は安全に登れるだろうが、藪と藪の間の雪の急斜面が問題か。こういう時に先人の足跡があれば勇気100倍で登れるのだが今回は私が先頭だ。最悪は後からやってくる単独女性に先に登ってもらう手段もあるが、とにかく現場に行って私のレベルで登れるか確認してみよう。

滝倉山北面 見上げると思ったより恐怖感がない斜面

 

 3度目の藪との格闘はうんざりだが滑落の危険は無いので精神的に楽である。灌木藪の1940m小ピークを越えて鞍部から少し登るところまでが藪が出ている区間だった。藪が終わって雪が始まるところまで進み、これから登る雪壁を見上げると思ったよりも傾斜は緩く、尾根が広いので恐怖感はなかった。これなら問題なく登れそうだ。最初の数mが急だがさしたる問題なく登り、傾斜が緩んだところで右手に続く藪地帯にトラバースし、藪に掴まったりシラビソの立木の間を登っていく。立木が無くなって一面の雪稜になると傾斜が緩んで青空目指して淡々と登っていく。ただしいくつも亀裂が入っているのでできるだけ右側(西側)を選んで登っていく。

藪に取り付いたところから見たサンナビキ山 滝倉山山頂
滝倉山から見た駒ヶ岳 滝倉山から見た黒部別山
滝倉山からの展望(クリックで拡大)

 

 やがて雪庇に覆われた最高点に到着、どうにか私の力でも滝倉山に到達できた。山頂には連休前半のものと思われる足跡が残っていたが、今までの稜線上には全く足跡が残っていなかったのが不思議だ。いや、この大型連休はずっと好天と高温が続いたのでこうして足跡が残っている方が不思議か。目の前には最難関のウドノ頭が聳えているが、これはザイルが必要で私が挑戦できる世界ではない。振り返ると駒ヶ岳は遠く、僧ヶ岳は遙かに遠い。本当に今日中に下山できるのか心配になってくる。駒からここまでにかかった時間は予定以上の4時間! 帰りの標高差も同じだから4時間は確定だが、駒ヶ岳南の最も距離が長い藪区間が登りになるからもっと時間がかかるだろう。黒部川の向こう側は後立山がすっきり。五龍が尖って格好いい。毛勝山は大きく、左には昨年歩いた赤谷山〜大窓頭の稜線が続くが真っ白で赤ハゲ周辺のハイマツも埋もれているから苦労はないだろうが、逆に雪が付いているからこそ危険が伴う場所も多いだろう。ここも今は私向きの領域ではない。その奥は劔岳。こんなにいい天気に恵まれて今頃は劔は賑わっているだろうか。

急斜面から見上げる 2人の足跡が見える

 

 帰りの時間を考えると山頂で長居するわけにもいかず、水を飲んで飯を食べて下山開始。雪の急斜面が始まるところで単独女性とすれ違ったが、このレベルの人になると私が直登せず藪にトラバースした斜面もまっすぐ登ってきていた。この時期にこの山域に入る人はこれが常識なのだろう。逆に言えば私のような人間が登るのは背伸びしすぎの山域かもしれない。以前よりは雪の急斜面に慣れてきたとはいえ、やっぱ本格的な残雪登山者には敵わない。はたして私がこのレベルに達する時が来るのだろうか。

サンナビキ山から下る 1753m峰へと藪を登る3人パーティー

 

 登りで稜線の様子は分かったので帰りは不安はないが、長いアップダウンが続きジリジリと照りつける太陽も相まって体力はジワジワと搾り取られる。1753m峰で2回目の昼飯を兼ねて休憩していると昨日の3人の姿が見えた。このままここで話でもするかと思ったらなかなか上がってこず出発するが、このピークへの登りは灌木藪が出てしまっている区間だったことを忘れていた。そりゃ短時間では登ってこないはずだ。こちらは下りだから灌木の曲がり具合は「逆目」ではないから彼らよりも遙かに歩きやすく、適当なところで稜線を避けて彼らにルートを譲った。男性3人パーティーで、劔まで行くのか訪ねたらそこまでは行かないとのことで、日程と帰りの足を考えると毛勝三山を越えてブナクラ乗越から下山といったところだろうか。どうであれ今の私では踏破不能なルートであり、さっきの単独女性のように雲の上の存在だ。

 1769m峰を越えて雪庇が切れたところで尾根西側を大きく迂回し、そのまま西側の残雪を利用して藪を迂回し、登りは思いっきり藪を漕いだが少しは楽ができた。ここで2人目の単独女性と遭遇、これくらいのレベルの人は共通の雰囲気というか風格が漂い、最初の人と同じような印象を受けた。昨日はお昼から登り始めたとのことだが、さきほどすれ違った男性3人パーティーからは1時間程度のビハインドだから相当なスピードだ。たぶん追い越すだろうな。

1801m峰から見た駒ヶ岳 駒ヶ岳山頂再び。雪解けが急激に進んでいた

 

 尾根が細くなると西側の雪も消えて灌木に絡め取られながら直射日光が厳しい藪漕ぎで、さすがに疲労の色が濃くなる。残雪帯に出てほっとするが登りは続き、牛歩戦術でやっと駒ヶ岳山頂。やっぱり滝倉山から4時間かかった。駒から見る僧ヶ岳の遠さにはあきれてしまうほどで、これなら僧ヶ岳で幕営した方が良かったかもと後悔するが、その場合は距離が長くなるのでまだここまで戻ってこられなかっただろう。朝に駒ヶ岳山頂を通過したときは昨日と同じく山頂標石は雪に埋もれていたが、今はきれいに雪が消えて三角点も露出しており、この真夏のような気温で雪解けが急激に進んでいるようだ。これでは駒ヶ岳〜滝倉山間の3カ所の藪の範囲も急激に増殖し、せいぜい来週くらいまでが我慢の限界ではなかろうか。これからは日に日に所要時間が長くなるに違いない。駒ヶ岳を往復しにきた新しい足跡が残っていた。

 テントに到着し、テントをひっくり返して濡れた底面を乾かしながらザックのパッキングをして、大ザックを背負って下山を開始する頃には午後2時を回っていた。この時刻でこの荷物、この疲労でどこまで下れるのか不安になるが、予備食があるのでもう1泊は可能だから行けるところまで行ってみよう。最後のまとまった登りは僧ヶ岳への登り返しで、それが終われば基本的には下り一辺倒だから雪がある区間は半分滑りながら歩けるので登りの半分の時間で下れるかもしれない。

新しい足跡が複数あった 宇奈月向けて下る

 

 強烈な日差しが照りつける稜線を下り、ゆっくりと僧ヶ岳へと登り返して1時間弱で僧ヶ岳を巻いて北尾根に乗り、雪が消えた仏ヶ平から再びなだらかな雪稜に入り、昨日は足跡皆無だったガスられたらイヤな尾根もはっきりした複数の足跡が残っているので安心だ。まあ、今の天気なら足跡が無くても問題ないが。烏帽子山への尾根を分けて右に曲がるが全ての足跡がそうなっている。そこそこ傾斜がある区間は山靴を滑らせながら下って労力を減らす。雪があると足が着地したときに雪が沈んで衝撃を吸収するので無雪期と比較して疲労が少なくて助かる。それでも気温が高くて日差しが強く汗だくになって1431m峰南側の1420m峰で休憩するが、標高が下がって虫が多くなりゆっくりと休憩できない。まさか今の時期から虫除けが必要とは考えてもみなかった。

 高度が下がるに従って雪が減ってきて完全に夏道オンリーになると足への負担が増えて汗の量も増えた。まもなく登山口に出る前の送電鉄塔で夫婦を追い越す。三河ナンバーの主で私のように連休中は車中泊で渡り歩いているようだ。昨日は片貝山荘から毛勝山に登ったとのことで、休養日なしで僧ヶ岳だからよほどの健脚だ。私はもう体力を使い果たし、残り2日ではろくな山に登れそうにないのでこのまま東京へお帰りだ。登山口に出ると私の車とさっきの夫婦の車の2台だけだった。


 下山後、滝倉山の情報をいただいた人に報告のメールを送ったところ、懸垂が必要なのは滝倉山〜ウドノ頭間との訂正情報をいただき昨年のメールの内容が誤りだったことが判明。駒ヶ岳〜滝倉山までは問題なしとの話だった。問題なしとは言っても私にとっては滝倉山最後の登りはハラハラドキドキだったが。


所要時間
5/3
5:11僧ヶ岳登山口−−5:26送電鉄塔−−6:24林道−−6:48 1150mで休憩 7:02−−7:49 1431m峰−−8:00 1410mで休憩 8:16−−9:30仏ヶ平9:45−−10:04僧ヶ岳−−10:24 1740m鞍部−−10:54 1914m峰 12:29−−12:53駒ヶ岳13:27−−13:53 1914m峰(幕営)

5/4
4:53 1914m峰−−5:19駒ヶ岳−−5:29幕営跡−−6:05 1700m鞍部−−7:58サンナビキ山の先で休憩8:13−−8:49滝倉山9:04−−9:42サンナビキ山−−10:15 1750m鞍部−−10:20 1801m峰−−10:29 1760m峰−−10:34 1753m峰南東の1710m鞍部−−10:42 1753m峰(休憩)11:04−−11:24 1730m峰−−11:27 1700m鞍部−−11:38 1769m峰−−11:47 1730m鞍部−−12:54駒ヶ岳−−13:17 1914m峰 14:14−−14:53僧ヶ岳直下−−15:43 1432m峰南の1420m峰で休憩 15:52−−16:01 1431m峰−−16:31林道−−17:03登山口

 

 

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