後立山 東谷山、五龍岳 2007年6月12〜13日

 


 後立山連峰主脈から黒部側に張り出した大きな尾根は数本あり、ここ数年でそれらの尾根上にある道がない2000m峰にいくつも登ってきたが、いよいよ大物では東谷山を残すだけとなった。武内さんが既登山かどうかは不明である。東谷山は五龍岳から西に派生する尾根(東谷尾根)上にあり、五龍岳から標高差500m下って登り返すと山頂である。鹿島槍から西に派生する牛首尾根同様に迷い込み注意との記述がエアリアマップに書かれているくらいなので、最初の方は踏み跡があるらしいが、ある程度下ると岩稜帯かハイマツ帯かのどちらかだろう。ネットで検索すると鹿島槍牛首山と全く同じ状況で、黒部横断縦走の記録が数件出てきただけで東谷山を目的とした山行記録は発見できなかった。大型連休にこんな大縦走をするパーティーと私とでは実力差がありすぎるので、記録を読んでも雪が付いた五龍も何の危険も無く登ったような記述であるし、東谷山までも特に問題のある記述は見られなかった。山頂渉猟でも「残雪期なら難しいことはない」とのこと。しかし、大型連休の五龍は五龍山荘から先の稜線右側をトラバースする夏道は埋もれているだろうから稜線を行くのだろうが、岩稜帯の尾根なのでそう簡単には登れないだろう。おまけに山頂に突き上げる最後の登りは東斜面を登るので、最後は雪庇をよじ登る可能性が高く雪壁だろう。冬山のガイドブックでも慣れない人がいる場合は山頂直下はロープを出した方がいいと書かれており、私の力量で登れるかどうか大いに不安がある。なにせアルプス級の標高がある主稜線の山に大型連休に登った経験は未だにない。

 こうなると、先週の牛首山と同様の戦略で、標高が高い森林限界の稜線では雪が少なくなるが、少し下がった枝尾根の風下側ではまだ完全に藪が出きってしまう前の残雪期後半に登ることを考えるわけだ。その時期は後立山だったら5月後半から6月中盤、場合によっては6月いっぱいまで残雪が望める。6月始めに牛首山に登った際に東谷山とそれに至る尾根は真っ白であることが確認でき、これならまだまだ藪漕ぎ区間は少ないと判断し、翌週に挑戦することにした。本来ならば遠見尾根から往復するが、この時期はゴンドラの整備期間で運休中、下から登るにしてもエアリアマップを見ると登山道の記載がない。ゲレンデを歩けばいいのだが、下界では初夏なので草ぼうぼうの可能性が高く、いきなり藪漕ぎ状態だったら最悪である。ネットで検索したが遠見尾根を歩いて上がった記録は見つけることができなかった。次善策は八方尾根から往復で、黒菱平まで車で入り、残りを歩くのがいいだろう。八方尾根もゴンドラがあるが始発がAM8時なので遅すぎる。

 週末は天気が悪く、仕事も一区切りが付く直前の段階だったので土日とも会社に出て仕事を片づけ、天気がいい火曜、水曜に代休を取得することにした。天気予報では梅雨入り前最後の好天のようで申し分ない。仕事が終わらずに出発が1時間遅れたが、高速の通勤割引が適応される時間内に八王子料金所を通過できた。何度も通った道で黒菱平への林道に入ったが、人家が切れたところで車両通行止めのロープがあった。関係者以外進入禁止との看板があるが、登山者も関係者だと解釈してロープを解いて入ったが、なんと少し先で施錠された鎖で道路が塞がれているではないか。本を見たら営業期間はもっと後だった。まだ林道の出だして標高は低く歩くには労力が大きいので、不本意ながらゴンドラを使うことにした。出発時刻は記録的な遅さだが、出発地点の標高は1800mもあるので初日の累積標高差は1100m程度敷かなく、初日は五龍山荘まで歩けばいいので時間的にも問題ないだろう。始発の八方駅は無事発見、駐車場は有料なので少し離れた道ばたの駐車場に車を置くことにした。スキーシーズンや夏山シーズンの週末はとんでもないことになるのかもしれないが、今は微妙なオフシーズン&平日なので駐車場はガラガラだった。

最初のゴンドラを降りたリフト 次のリフト乗り場

 

 翌朝、朝飯を食ってゴンドラ駅に向かう。天気は快晴、予報通りだ。既に山装備の数人が待っていたがやっぱり平日なのでガラガラである。ゴンドラの営業ものんびりで8時より遅れて営業が始まる。6人乗りのゴンドラがループ状に巡回する方式で、朝一なので下りのゴンドラは無人である。文明の利器の威力は絶大で、僅か7分で歩いたら2時間かかる標高差を稼いでくれる。その上の2つのリフトであるが、今度は地面を這う高さで椅子がグルグル巡っている。積雪期だと雪面にぶつかってしまうだろうが、シーズンにより高さを変えているのだろうか。この高さなら万が一落ちても大したけがはしないで済むだろう。足下には小さな花が咲いているが、高山植物音痴の私では名前は分からない。

リフト最終駅を降りると八方山荘 八方尾根。まだ雪はない
八方尾根から見た烏帽子岩 尾根上部に雪が見える

 

 リフト終点到着は8時40分、いつもなら最初の山頂に到着している時間に出発である。いきなり標高1800mなので歩き出しは涼しくて大助かりだ。基本的に空は晴れているが時々ガスがかかるようになり、歩くには涼しくて助かるが大展望の八方尾根の魅力が殺がれてしまう。今日の展望はどうでもかまわないが、明日の東谷山往復時はガスっていると困るなぁ。たぶん早朝だけは晴れてくれると思うが。この標高で森林限界の様相を見せる八方尾根はいつ来ても摩訶不思議の世界で、まだ高山植物の開花には早いのでほとんど花は咲いていないが、シーズン中は多くの観光客で賑わうことになる。それは梅雨明け以降だろう。

雪に埋もれた八方池 八方池から先は登山者の世界

 

 雪に埋もれた八方池を過ぎれば観光客の世界から登山者の世界に変わる。ずっと前に1名の先行者の姿が、後ろには2名の姿が見えるが、私の他は唐松岳が目当てだろうなぁ。もちろん幕営装備の大ザックは私だけである。八方尾根の冬ルートは歩いたことはないが、どう考えてもこの前の爺ヶ岳南尾根より登山者数は圧倒的に多いから相当はっきりした踏跡が尾根上にできていて当然だろう。それに雪の上には先週末の登山者の足跡が残っているだろうから、雪田で迷う心配もないだろう。あとは雪が付いた場所で危険箇所があるかどうかだ。そのための12本爪アイゼンとピッケルである。

最初の雪田が出てくる 尾根上にははっきりとした道がある
登りで再び雪の上を歩く 2361m肩に上がると再び雪が消えた冬道

 

 尾根上で唯一の樹林帯である標高2120mを通過すると残雪が現れて夏道を離れ稜線上を歩くことになる。雪の上には赤いマーキングがされているし、先行者の足跡がしっかり残っているのでルートファインディングは不要だった。残雪期としては時期が遅いので一部の藪が出てしまった部分もあるが、笹の中にも割としっかりした踏跡ができていた。雪が残る場所は登り坂の区間で、尾根が水平になると雪は消えていることが多い。八方尾根は全体が幅広くなだらかなので、雪があってもピッケルやアイゼンの出番がない。これだったら初心者でも安心して歩けるだろう。

丸山への登り 丸山ケルン
丸山を過ぎると残雪帯。でも危険はない 残雪が終わると岩っぽい稜線
岩稜帯には雪がない。これも冬道 冬道入口。唐松山荘北側にある
唐松山荘から見た唐松岳 唐松山荘と雪に埋もれたテント場

 

 ガスに覆われた丸山ケルンでいったん休憩し、今度は尾根南側の残雪帯を歩く。一部稜線も出ているのだがそこに踏跡はなくハイマツの藪だ。残雪のエッジは緩やかなカーブを描き、雪庇というよりは風下の吹き溜まりといったところで安心して歩ける。登りにかかると岩稜帯になりすっかり雪が消えてこれまた危険箇所はなく、踏跡を淡々と登っていけばいい。こりゃ冬ルートは夏でも充分に使えるな。左下には夏道が顔を出した区間もあるが大半は雪に埋もれた急斜面で滑落の危険があり通行不能だ。主稜線に出る直前は正面は岩の壁が立ちふさがるので、しっかりした道で左を巻いて稜線に出た。夏道では唐松山荘のすぐ南側で稜線に出るが、冬道だと北側の尾根分岐で主稜線に出る。帰りは間違わないよう注意が必要か。唐松山荘は小型重機で何やら工事中。増設でもするのだろうか。テント場がある段々畑は雪に埋もれて急斜面と化していた。この時期はどこか別の場所に幕営していいのだろうか? 周囲はガスに覆われて唐松岳時々顔を出す程度だった。

主稜線を南下する。入口のみ残雪あり 鎖場には全く雪はない
雷鳥発見 岩場が終わりさらに南下
ガスの合間に東谷山が姿を現す 大黒岳向けて下る

 

 さあ、ここからは五龍までの縦走路歩きだ。ネットで調べた事前情報では五龍まで危険箇所はなく、唐松山荘南側の岩稜帯には雪は無いらしい。ここは南向きの尾根なので雪が消えやすいのだろう。僅かに雪を踏んで南への縦走路に乗り、尾根西側をトラバースするようになるとすっかり雪が消えて夏の様相だ。問題の鎖場も全く雪はなく、手にしていたピッケルは逆に危険なのでザックにくくりつけた。途中、反対側から単独行の男性がやってきたが五龍山荘からだろうか。アイゼンもスパッツもしていなかったので、この先もほとんど雪は無いようだ。時々ガスが薄まって五龍岳とその右側に東谷山が見えるが、先週同様東谷山は鞍部周辺と山頂付近は真っ白のままで、この分なら藪漕ぎはあまり派手にならないだろう。ただ、五龍から派生する尾根が手前の尾根に邪魔されて見えないため、東谷尾根上部の残雪状態がわからないのが惜しい。どの辺から雪が出てくるかは現地でのお楽しみだ。

 

 岩尾根を終えてグングン下り、大黒岳手前鞍部で少々休憩、大黒岳西側を巻いて最低鞍部から300mの登り返しだ。今日の累積標高差は1000mちょっとと普段より楽なコースのはずだが、先週の鹿島槍牛首山の疲労が抜けきらないのか足が重くなかなか進まない。これで日がかんかん照りだったら暑さでバテてしまったかもしれないが、ガスのおかげで少しは涼しかった。まあ、涼しいとは言っても4,5月とは気温が比較にならないほど高く、温度計は20度前後を指しているので汗をかかないわけではない。下界では30度オーバーの予想だから、これでもずいぶん涼しいのだろうが。

大黒岳巻道から南を見る 大黒岳南部鞍部付近の残雪帯
標高2400m付近の雪田横断 再び夏道を歩く

 

 大黒岳南側で広い雪田を横断、2400m地点で西に派生する大きな尾根を乗り越えるが、ここも雪が残っていた。まとまった雪があったのはこの2箇所だけで、他はずっと夏道を歩いたから全体の95%以上は雪がない部分を歩けただろう。白岳への登りはゆっくりゆっくり、まだまだ日が高いし雨が降るような天気でもないので急ぐ必要はないし、明日への体力温存の意味もある。白岳周辺も少なくとも西斜面には雪のかけらも無く夏山風景だった。ここから見る五龍は山頂直下はべっとりと雪が付いているが南側は雪がなく、その境界付近が登れるようなら安全そうだが、冬ルートはどこを登るのか知らないので現場に行って安全なコースを探すしかなさそうだ。山頂直下の急斜面以前はほぼ雪が無いが、2箇所ほど夏道の筋に小さな雪田がかかっているように見え、もしかしたら横断するのにアイゼンが必要かもしれない。

白岳直下から見た唐松岳 白岳直下から見た五龍岳
五龍山荘から見た遠見尾根 五龍山荘とテント場

 

 ジグザグに下ると赤い屋根の五龍山荘に到着、小屋東側に残雪があるが他は雪は消えていた。唐松山荘ではテント場は雪に埋もれたままだったがこちらは全部雪が消えていた。幕営装備なので小屋が営業していてもしていなくても関係ないが、入口に回ってみると小屋は開いており幕営手続きをしたが、今の時期はテント泊まりは無料でいいとのこと。ラッキー。もっとも、この時期にテントを担いで登ってくる人間は滅多にいないだろうけど。小屋の常駐者は3,4人らしく、平日なので今日の宿泊者はゼロだろうから全員のんびりだろう。水は\100/リットルで分けてくれるとのことで、テント場無料ということなので金が浮いたし、ガスの残りが少ないので2リットル買うことにした。これで明日の行動分まで大丈夫だろう。小屋番に五龍までの状態を聞くと、山頂直下のみ残雪があるがその他は夏道が通れるとのことで、日曜日に登った人の話によると鎖場の雪もだいぶ無くなっていたとのこと。五龍は以前登ったことがあるが、コースの印象が薄くて鎖場があった覚えがなく、夏道の危険度が分からないのが悲しいところだ。でも小屋番の話では特に危険があるような雰囲気ではなく、どうにか登れるかも知れない。

 当たり前だがテント場に張ってあるテントは皆無で、どこでも好きな場所に張れるので近場に張ることにした。ほぼ無風に近く、天気予報では雨の心配もないので設置場所に神経質になる必要はないのは助かる。天候は悪くないがガスが流れて日差しが遮られ、時々晴れて日が照りつける程度なので、テントの中で昼寝するにはちょうど良かった。この時期、ずっと晴れていたらとてもテントで寝ていられるような状態ではなく温室と化すのは確実だ。平日の睡眠時間が少なく寝不足気味だったので気持ちよく昼寝できた。夕方になって起きだして晩酌し、PM7時前の天気予報と7時のニュースを聞いて眠りについた。夕方には時々ガスが晴れて五龍山頂が姿を現すようになり、明日朝の天候も期待できそうだ。

 翌朝、4時前に起床しテントから顔を出すと五龍山頂はすっきり晴れており、絶好のアタック日和だ。五龍山頂までが第1関門で、第2関門は東谷尾根の藪の状態だが、ここからでは東谷尾根は五龍の裏側で見えないので山頂に行ってみないと様子はうかがえない。藪がかなり出てしまっているか、それとも急な尾根に雪が残っているのか。楽しみよりも不安の気持ちが強い。とにかく、この時期の五龍が私の力で登れるかどうかが全ての分かれ道である。アイゼンはザックに入れピッケルを手に持ち、食料、水を持って出発した。長野側は一面の雲海に覆われ、高妻、乙妻の向こうから太陽が上がってきた。

雲海の向こうから日が昇る 五龍直下まで夏道が出ていた
直下の残雪帯は通らず左の岩稜帯を登る 夏道のマーキング
鎖場を抜けた上部のみ僅かに雪が残る 傾斜が緩むと山頂は近い

 

 最初は夏道が出ているので淡々と高度を上げていくだけだ。ほぼ無風でつばの広い麦藁帽子でも邪魔にならず、この天候なら麦藁帽子が活躍しそうだ。小屋から見えていた小さな雪田は夏道上部に張り付くだけで問題なく夏道を歩くことができ、問題の山頂直下の残雪帯にかかった。どうやら夏道は雪の下らしいので、左手の岩稜帯の歩きやすい部分を登り始めると砂礫の上に新しい足跡が残っており、どうやら正しいルートらしい。尾根に出るとはっきりとした踏跡が出てきて夏道に戻ったようだ。残雪帯より左側の雪が消えた巨岩が立ち並ぶ地帯に夏道の目印がいくつも見えて、当面は雪の上を歩く心配はなさそうだ。岩の間を横に移動するところで鎖があったが雪は皆無で2日間で相当解けたようだ。その上で僅かばかりの残雪が出てくるが危険な場所ではなく、雪の上を歩いたのは2,3歩で右の岩を乗り越えて再び夏道に乗った。これより上部は傾斜が緩んで雪が消え、鹿島槍方面への道が合流、僅かに北に歩くと待望の五龍岳山頂に到着した。結局、八方尾根のリフトを降りてから五龍山頂までアイゼン、ピッケルの出番は皆無で、私の予想より残雪は少なかった。それはうれしい誤算だが、東谷尾根の藪はどうだろうか? まだここから尾根は見えないのでもう少し後のお楽しみ。

五龍岳山頂。背景は鹿島槍

五龍岳から見た妙高、火打、焼山、戸隠
五龍岳から見た後立山南部
五龍岳から見た後立山北部
五龍岳から見た薬師岳
五龍岳から見た立山、剣
五龍岳から見た毛勝三山

 

 まずは五龍の大展望を楽しもう。南には双耳峰の鹿島槍が大きく、先週の爺ヶ岳から見たときよりもずっと残雪が少なく見えるが風上側から見るからだろう。右側には牛首山、その向こうには槍穂がはっきりと見えている。その右に見えるのは三俣蓮華から水晶岳、赤牛山らしい。さらに薬師岳、立山、剣と続き、毛勝三山、サンナビキ山、駒ケ岳と延々と続く。後立山は白馬まで見えており、そこから旭岳〜清水岳の長い稜線が延び、猫ノ踊場が僅かに頭を見せている。東側は雲海に沈み、空気の透明度も良くなくて雨飾、焼山、火打、妙高が連なり、高妻、乙妻、戸隠以外の山は見えなかった。カシミールによると日光連山さえ見えるらしいが、この透明度では無理だ。それでもこれだけ北アの山々が見えていれば大満足だ。

五龍岳から見た東谷山 東谷尾根を下り始める。岩稜だが危険箇所はない
稜線上は雪はなくハイマツの藪もない 五龍山頂が高くなっていく
主に尾根の左側が歩きやすい 2748m標高点で尾根が分かれる

 

 さあ、ほとんど疲労を感じないので東谷山に向かおう。東谷尾根の稜線は出だしは岩稜帯で踏跡も見られ、エアリアマップに迷い込み注意と書かれているのも頷ける。ハイマツに覆われることもなく歩きやすい。稜線の左側を巻くように下ると緩やかな稜線となり、同じく稜線左側直下に明らかな踏跡が続いている。これは迷った人による筋なのか、黒部横断山行のパーティーがつけた筋なのか分からないが、どう見ても人間が歩いた跡だろう。踏跡が巻いているところを強引に尾根上を行くとハイマツだったり崖で進めなくなったりしていて、やはりちゃんとしたルートであることがわかる。まだ岩稜帯が続いてハイマツ漕ぎの必要はなく、こんな尾根がずっと続いたら東谷山も楽勝なんだけどなぁ。

2748m標高点から東谷尾根を見る ここから寝たハイマツ帯に入るが隙間が多い

 

 雪は全く無く岩稜帯で藪の出現が無いまま標高2748mの尾根分岐点に到着、ここで尾根は左に屈曲し、尾根の全容が明らかになった。少し下るところまでは岩稜帯で歩きやすいが、それより下は緑の絨毯、ハイマツの登場だ。色加減からして上部は寝たハイマツのように見えるが、どこまでが寝たままでいてくれるのかが問題だ。ハイマツ帯は隙間が多いし、主に尾根左側は岩が島のように出てハイマツが切れているのでつなげて歩けば藪漕ぎは不要だ。ある程度ハイマツ帯を下ると尾根北側に残雪が現れ、それ以降は東谷山直下まで雪が続いているのが見えるので、ハイマツ帯に入ってから残雪帯に乗るまでが藪漕ぎ区間だ。しかし思ったよりも短く、たぶん大天井牛首山のハイマツより短いように見えた。これなら楽勝とまではいかないが、予想以上に藪との格闘が少なくてすみそうだ。

雪田末端から見上げる まだ寝たハイマツが続くが徐々に立ってくる
傾斜が緩み残雪帯歩きに切り替える 雪から顔を出した藪は強烈

 

 そこそこ傾斜がある尾根だが雪が付いていても前を向いたまま下れそうな傾斜だった。もちろん雪が無い今は全く心配はない。歩きやすい岩稜帯が終わると地を這うハイマツ帯に突入するが、密度が薄くハイマツが無い場所を繋いだり尾根南側に石が出ている場所が多いのでそちらを歩いたりと、ほとんどハイマツを踏みつけることなく下っていける。最初の雪田が尾根北側に出てきたが、傾斜がきつく滑ったらちとイヤなのでそのままハイマツが出た尾根上を下っていくが、徐々にハイマツが立ってきた。下りはマシだが登りはちょっとイヤだなぁと思える枝の伸ばし方で、少し傾斜が緩んだところで北側の残雪帯に逃げることにし、雪の上に出ると思いっきりスピードアップだ。帰りは登りになるので多少の傾斜でも対応できるから雪が消えるまで登りつめるのが楽だろう。

残雪を伝わって下る。雪は楽だ〜 2350m肩は一面の藪
北側斜面を巻くことにする 無雪期はこの藪を漕ぐのかぁ。激藪だ

 

 しばらくは残雪は尾根直下からへばりついてアイゼン無しでも歩ける地形だが、下っていくと尾根から離れて北側の傾斜地帯をトラバースするようになるので適当な場所でアイゼンを付けた。尾根上に出たハイマツは完全に立った状態で背丈は2,3mはあり、これを漕ぐとなると大天井牛首山と同等だろう。今の時期に来てよかったなぁ。やはり無雪期に来る場所ではないようだ。このまま下ると藪の列が徐々に尾根から北に離れていき傾斜が急になってきたので藪を突っ切って尾根に戻ることにする。最初の藪はハイマツではなくシラビソが中心なのでかき分ける必要が無く、木の隙間をぬって進み、一度雪田に出てから再び藪の帯を横断する。ここは横に寝たダケカンバと立ったハイマツで、ダケカンバの枝に足を乗せて体重をかけたらボキっと折れて右ひざを打ち、少々痛い思いをした。

藪を抜けるとなだらかな残雪帯の尾根 最低鞍部付近から見る東谷山

 

 ハイマツをかき分けると尾根直上に戻り、一面の残雪に覆われた穏やかな広い尾根に出た。僅かに顔を出した藪はハイマツ、シラビソの低木で、こいつと格闘するのは苦労しそうだ。2重山稜の北側の尾根を歩き、真中のくぼみは地形図で池が描かれた場所らしいが今は跡形も無い。いつになったら池が現れるのだろうか。まあ、そうなる頃には凄い藪地獄だろうな。今はルンルン気分で歩ける広くてなだらかな雪原である。

左の窪みが雪に埋まった池 ちょっとしたナイフリッジを渡る
最後は尾根北の残雪帯を登る 山頂直下から藪が出ていた

 

 最低鞍部から登りにかかると残雪帯が痩せてナイフリッジ状になってくる。ここは尾根南側がなだらかで木が雪から顔を出しているので、もし滑落するなら南に落ちるように左側を歩きたいところだが、左側の方が傾斜がきつくて歩きにくいので、結局は歯の真上を歩いた。前回の牛首尾根よりも痩せているが、万が一滑ったときの安全性は今回の方が上なので緊張感はさほど感じられなかった。でも、今回は帰りもちょっとドキドキしたかな。雪堤の幅が広がると安全地帯に入り、標高を上げると徐々に雪が減って尾根北側にのみ残るようになり、最後は消えて藪に突入、といっても先の藪とは大違いでシラビソやダケカンバ、ハイマツは皆無で、種類は不明だが膝丈程度の高さの細い潅木が生えているだけだった。僅かにそれを登ると待望の東谷山山頂だった。

東谷山山頂。背景は五龍岳 東谷山西側には山頂渉猟の写真の風景が広がる
東谷山から見た餓鬼山 東谷山から見た鹿島槍と牛首山
東谷山から見た立山と黒部別山
東谷山から見た剣岳北稜線
東谷山から見た駒ヶ岳、黒滝山。来年の大型連休に挑戦か?

東谷山から見た中背山、清水岳

 

 山頂は同様の細くて低い木に覆われ、僅かながらハイマツがあるだけで見晴らしはいい。正面には剣が大きく、眼下にはなだらかな残雪帯が広がっていた。これは山頂渉猟に掲載されている写真と同じ風景であり、雪は少ないが肉眼で見た印象は変わらなかった。著者が登った時期は大型連休だからこの山頂も雪の下数mだったのだろう。人工物は目印を含めて一切無く、「柏 小川」の赤布もなかった。たぶんまだ雪が残っている時期に登ったのだろう。それともまだ登っていなかったりして? 振り返ると五龍がどでかく、鞍部から500mの登り返しが待っている。ここからだとえらく急な尾根に見える。

 残雪期としては遅い時期に予想以上に簡単に登れてしまって拍子抜けだが、懸案の山が一つ片付いて大満足だ。これなら雪山のベテランでなくても登るチャンスが出てくるだろう。五龍にアイゼン無しで登れる時期でも、いまだほとんど藪漕ぎ無しで東谷山まで行けることが判明したことは大きいだろう。とはいえ、こんな山に登ろうと考えるのは、富山県全山制覇を目指す人とか(達成したら2000m峰全山制覇以上の偉業かも?)、私のように2000m峰制覇を狙う人、それに冒頭で書いたように黒部横断大冒険パーティーしかいないだろうなぁ。DJFは登りに来るだろうか? その時のために低いハイマツの枝に赤テープをつけておいた。雪が溶けた時期しか見られないので人の目に触れることがあるか不明だが・・・。

これを標高差500mを登り返す 最低鞍部付近の藪
藪を抜けると快適な残雪帯 残雪帯が終わってハイマツ帯に入る
2748m標高点に向けて登る 2748m標高を越えて登る
五龍山頂は近い ライチョウのつがいを発見

 

 さあ、戻ろう。最低鞍部から登り返して、2400m肩で藪を突っ切って北側の残雪帯に移動、あとは雪が消えるまでひたすら登る。下りで残雪に出た場所から上も雪を辿り、最後は尾根の南側に残った僅かな雪田に乗り換えて終点を迎えると寝たハイマツ地帯であった。これなら楽だ。もうアイゼンが必要な場面は無いのでザックにくくりつけ、ピッケルはザックの脇に刺して薄いハイマツの絨毯地帯を登りきり、岩稜帯に出て踏跡を辿って五龍山頂に到着、平日なので無人で静かなままだった。少し風が出てきてTシャツでは寒いので岩陰に入って休憩、少し早いが昼飯の一部のパンをかじり水を飲んだ。思ったより水の消費が激しく、下山までに無くなりそうなので半分くらい水が入ったペットボトルに残雪を詰めて解けるのを待つことにし、ザックに突っ込んだ。

五龍岳から見た唐松山荘 五龍山荘から見た五龍岳
白岳付近から見た白馬三山 大黒岳付近から見た東谷山
鎖場近くで雷鳥発見 八方尾根の下りでも雷鳥がいた
丸山ケルンから見た八方尾根下部 リフト終点は近い

 

 五龍の下りも雪がないので楽勝、五龍山荘に到着する頃には稜線にはガスがかかるようになったが富山側は晴れているので天気が崩れるわけではなさそうだ。もう充分展望は楽しんだので、下山はガスって視界は無くても直射日光が遮られて涼しいほうが助かる。テントを畳んで小屋番に挨拶し出発。帰りも唐松山荘まで大ザックを背負って標高差300mの登りが待っている。大黒岳を越えて本格的な登り返し。途中で少し休憩して腹ごしらえ。鎖場も登りならばどうということもなく通過し、今日も工事中の唐松山荘に到着。ここまですれ違った人はいなかった。八方尾根に入ってもしばらくは登ってくる人はいなかったが、真新しい下りの足跡があるので先行者がいるのは間違いない。丸山ケルンを越えて下り続け、2250mで本日初めての登りの人とすれ違う。眼下の尾根には下っている人の姿が。八方池周辺には10人近くの人の姿が見えており、賑わっているというほどではないが観光客が散策しているようだ。ポツリポツリと登ってくる人とすれ違う。残雪帯が終わって八方池に到着すればもう登山ではなくトレッキングの世界に突入、ゴールは目前だが最後の休憩をとり、八方池山荘前でリフトに乗り込んだ。

 


所要時間
リフト終点−0:20−八方山三角点−1:25−丸山ケルン(休憩)−0:39−唐松山荘−0:46−大黒岳手前鞍部(休憩)−0:13−大黒岳南鞍部−0:46−遠見尾根分岐−0:04−五龍山荘


五龍山荘−0:46−五龍岳−0:17−2748m標高点−0:27−最低鞍部−0:10−東谷山(休憩)−0:43−2546mで雪渓終点−0:18− 2653mで岩稜帯に入る−0:28−五龍岳(休憩)−0:24−五龍山荘(休憩)−1:05−休憩−0:39−唐松山荘−1:05−八方池(休憩)−0:29−リフト終点

 

 

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