表銀座
北燕岳、燕岳、中天井岳、赤沢山、牛首山 2005年9月29日〜10月1日
大下りから見た牛首山 | 牛首山ルート詳細 |
9月いっぱいで昨年8月から続いていた1つの仕事に区切りがついて、本当なら取り損なった夏休みや代休をとって黒部奥地にでも行きたいところだが、その前に別の仕事が走り出して休もうにも休めない状況になっていた。しかしこのままでは本当に休めないままになってしまうので、天気が悪かった先週の3連休と今週で一気に仕事を進め、天気がいい木曜、金曜を代休として4連休を確保して山に出かけることにした。
問題は場所である。前回の山行は3週間前の餓鬼山で、その前は2ヶ月のブランクだから私にとっての「定常時」の体力よりずいぶん落ちていると考えざるを得ず、あまり非常識な計画だと体力が付いてこない可能性が高い。いきなり本格的な藪漕ぎは無理そうなので、できるだけ登山道を使って歩け、しかもあまり累積標高差が無いコースを選ぶことにした。そこで思いついたのが表銀座である。そう、あの北アルプス人気のコース、表銀座が今回のコースである。このHPには不似合いな藪山とは無縁の世界のように思えるだろうが、藪山があるのだ。表銀座で藪漕ぎなんて絶対にあり得ないのが普通であるが、誰かさんの影響で普通でない山行をやり始めると常識は通用しない。
表銀座は2001年7月、梅雨明け直後で凄く天気が良かった海の日の連休に合戦尾根を登って西岳まで行き、戻って常念から蝶ヶ岳、大滝山を巡ったことがある。この当時は山名事典は無かったので新規記載の山として北燕岳、中天井岳、蝶槍が生まれたのでそれだけでも再訪する価値があるが、なんと言っても大天井岳西方の牛首山の存在が大きい。牛首山は鹿島槍西方にもあるが、偶然にこっちの牛首山と同標高であり、両者とも道はない。でも鹿島槍の牛首山は冬季ルートとしてそこそこ入る人がいるようでネットで検索すると何件かヒットするが、大天井の牛首山はいかに探しても登山記録を発見することはできなかった。普通、こんな場合でも、個人や団体のホームページでその人やグループメンバーが登った山のリストで名前だけ出てくることも結構あるが、この牛首山に関しては南アの小日影山同様それすら存在しなかった。まさに究極の「武内級」の山であろう。もちろんその武内さんはずいぶん前にしっかり登っている。山域および標高から考えればハイマツの藪が待ちかまえているのに間違いないが、武内さん本人から牛首山の情報を聞いたことは無いので藪の濃さはわからない。山頂渉猟ではさらっとしか書いていないが、こちらの著者も武内さん並みの超人だから、とんでもない藪でもさらっとしか書かれていないことも多く、楽観視はできない。
もう一つの目玉商品として赤沢山もある。ここはヒュッテ西岳で幕営したときに登ろうとしたが、近くで幕営していたねーちゃんに「赤沢山は岩登りの世界だよ」と言われたので、疲労していたこともあってあっさり諦めた経緯がある。しかし、帰ってから武内さんに話したら、岩なんかなくて簡単に登れたとのとで大失敗を悟ったのだ。その後山頂渉猟が発売され、赤沢山を見ると踏跡があるとのことで、牛首山と比べると大幅にグレードが落ちるが、正式な登山道がない山なので少しは楽しめるだろう。帰ってからネットで調べたら簡単な登山記録が2件と南面からの岩登りの記録が1件見つかっただけで、ネット上では意外に知られていない山だった。
他には北燕岳、中天井岳があるが、こちらは問題外であろう。蝶槍は遠いので別の機会に登ることにする。行程としては初日に燕山荘で幕営、翌日に中天井岳、牛首山(時間によっては翌日)、赤沢山に登ってヒュッテ西岳で幕営、最終日は下山のみもしくは牛首山に登ってから下山とし、3日間を当てることにした。これは天気は土曜日までは大丈夫だが日曜日は雨になりそうだから3日でまとめたわけだ。初日が楽すぎるがなんせ今までのブランクを考えると適度だろう。もし体力、時間が余れば先に進んで翌日以降の計画を楽にしてもいい。
水曜日に仕事を終え、いつもより準備に時間がかかって東京を出発、平日の夜でも金曜の夜でも交通事情はあまり変わらないようだ。中房温泉に向けて山道に入る前に、温泉の引湯工事のため夜間のPM8:00〜AM5:00は通行止めの看板があり、夜中0:00〜1:00は通行可能となっていた。こういう場合は大体夜中は通れるのだが、今回はちゃんと工事をやっていて通行不能で、現場の少し下で広くなった場所で寝ることにした。どうせ明日は燕山荘までだから多少遅くなっても構わない。酒を飲みながらパッキングを済ませ、0時前に寝た。今回は山名事典を会社に置いてきてしまい、GPSに山頂の緯度経度を入れられないのでGPSを持っていってもしょうがないので置いていくことにした。なぜか妙に不安を感じてしまうが、これが「依存症」の症状なのだろうか? 今回使うとすれば牛首山くらいだと思うが、たまにはGPS無しで藪山に登るのも技術を磨くのにいいだろう。
中房温泉下の登山者用駐車場(第1駐車場) | 合戦尾根登山口 |
酒が効いたのか工事車両が帰る音も聞こえず、充分明るくなってから目覚め、有明荘先の駐車場に到着。この時期の平日だからガラガラかと思ったらほぼ満車で、空いているのは数台程度だったのは驚きだ。やっぱ表銀座だけはある。朝飯を食って出発、中房温泉前はいつの間にかロータリーになっていた。ほとんど記憶から消えてしまった登山口を過ぎ、登山道に入って1級の道を淡々と登る。秋の朝は涼しく大ザックに2泊3日の食料、防寒具を担いでも大汗をかくことはないのはとても助かる。基本的に晴れているが山腹の途中に雲がかかっているようで、途中にガスの中に入るだろうが、それを越えれば雲海の上で青空になりそうだ。下ってくる人もポツポツと現れ、平日でも車が多いわけだ。
燕山荘まで標高差約1200mなので半分の600mで休憩することにして各ベンチは通過し、当てにならない私の高度計の表示が標高2200m付近で休む。そこから少し上がると傾斜が緩んで合戦小屋に到着だが素通りして燕山荘を目指す。もう雲の層を抜けて上空は青空、でも稜線には部分的に薄い雲が引っかかっているが、これから消えてくれるだろうか。
もうすぐ燕山荘 | 燕山荘から見た燕岳 |
燕山荘から見た槍ケ岳 | 燕山荘から見た硫黄岳 |
高度を上げるに従って徐々に木の高さが低くなって森林限界も間近になるとピークの上に立つ燕山荘が見えてくると同時に、燕岳への稜線が屏風のように切り立ってそびえているのも見える。いよいよ小屋前に出ると裏銀座の山並みが眼に飛び込む。槍ヶ岳も大きい。しかし、やはり目がいってしまうのは硫黄尾根だ。ここから見ると硫黄岳までは何でも無さそうに見えるのだが、相当ヤバいところもあるんだなぁ。稜線の東側からガスが上がってきて南アルプスや大天井岳、餓鬼岳などは残念ながら見えなかった。
燕岳巻き道から見た燕山荘 | 燕岳直下から見た北燕岳 |
北燕岳山頂(背景は燕岳) | 燕岳から見た大天井岳へ至る尾根 |
さあ、北燕岳に行ってしまおう。アタックザックを持って久しぶりの花崗岩が風化した真っ白な砂地を歩くのは身も心も軽く気分がいい。平日でも20人くらいは小屋周囲にいるだろうか、山頂にも数人が立っているのが見える。燕岳北側にはいくつもピークがあり、どれが北燕岳なのか不安があったが、たぶん山頂標識があるだろうと期待を持つと、予想通り案内標識に北燕岳があり、燕岳山頂を通らずに西側を巻く分岐を示していた。ここまできて燕岳に登らないのは失礼だが、帰りに山頂を通ることにして行きは巻くことにする。ずっと花崗岩の砂礫地帯が続き、巻き終わるとすぐ近くに北側に岩峰が見えるが、どうやらそれが北燕岳らしく、予想よりずっと近くて時間がかからずにいい。あいかわらずいい道が続いて山頂直下で縦走路は巻いているが山頂に達するルートもあって難なく北燕岳山頂に到着した。巨大な花崗岩が点在する山頂で見晴らしがいいのは燕岳同様だが、他に人がいないのは正反対だ。これだけ道が良くても物好きか縦走する人、中房温泉を起点に周遊する人しかここまで来ないらしい。ま、静かでいいけど。
燕山荘付近から見た牛首山 |
少し休憩して山荘に戻るとまだお昼でこのままマッタリするには時間がありすぎるので、大天荘まで行って幕営することにして出発した。盆地側から上がってくるガスは切れることなく左側の風景は楽しめないが、常に右手には槍の勇姿を見ながらの表銀座らしい縦走が堪能できた。そしてちらちらと硫黄尾根。やがて牛首山の尾根が近くなって写真をパチリ。この距離では藪の状態は全く分からないが、黒々としていて緑が濃そうだなぁ。やっぱハイマツだろうなぁ。
大天井岳〜燕岳の尾根 |
左足親指にまめができる気配を感じたので2678m峰を過ぎて下りが始まるところで靴を脱いで確認するともうまめができていたが、まだ致命的な痛みは感じないのでテーピングすれば大丈夫だろうと何重にも貼ると、その後は問題なかった。登り返して緩やかな稜線を延々と歩き、キレット状の小鞍部を越えると大天井岳への本格的な登りが始まる。いいかげん疲れたが、本日最後の登りなのでペースを落としてゆっくりと上がる。大天荘までトラバースルートが続くが、この傾斜では雪が積もったらトラバースできないだろうし、それ以前に雪崩が危険だろう。冬道の直登ルート分岐があったのでそこを登るらしいが、見上げるとかなりの傾斜なので私には向かないコースだな。やはり牛首山は藪でも無雪期に来るしか無さそうだ。
中天井岳(奥の尖ったピーク) | 中天井岳山頂 |
登り切ると大天荘の建物で、幕営の手続きをしてテントを設営し、先に中天井岳に向かう。エアリアマップを見るとテント場のすぐ東側で、目の前に見えているピークであろう。縦走路から僅かに外れているが岩稜帯なので問題なく歩くことができ、簡単に山頂に到着した。大きなケルンが積まれているので登る人も結構いるらしく、この日や翌朝に登っている人の姿を見ることができた。帰ってから位置を調べたが、間違いなくこのピークが中天井岳で安心した。
かなり気温が下がってきたのでテントに戻る。この季節でこの標高だから日が傾くとどんどん気温が下がってくるので、防寒着を着込んでテントの中にいないと寒いくらいだ。予報では明日朝は今期一番の冷え込みらしく、酒を飲んで寝た後が寒かった! それなりに寒さは予想して着る物は持ってきたが、下界の暑さに慣れて冬山の気温に体がついていかないので寒くてしょうがなかった。ちなみに朝方には濡れタオルが凍ったくらいだった。でも放射冷却が強いくらいなので星空もすばらしく、霞のような天の川が印象的だった。
噴煙を上げる浅間山右手からの日の出 | 朝日に染まる槍ケ岳 |
大天井岳から見る燕岳、餓鬼岳、後立山、妙高火打 | 気になる中山。来年の残雪期か? |
あまりの寒さにゴアまで着て何とか寒さに耐えたが、朝日が昇った後の気温上昇は信じられないくらいで、あっという間にTシャツで行動できるくらいの気温になるのは冬山と異なる点だ。浅間山の右手の雲海から太陽が顔を出し、槍穂が赤く照らし出されたら行動開始で、巻き道を通って大天井ヒュッテに至り、アタックザックを担いで赤沢山を目指す。今日もいい天気で日差しが強く麦わら帽子を持ってくればよかったなぁと思ったが手遅れだ。おかげで下山後、Tシャツの首筋が日焼けで痛かった。
北鎌尾根 | 硫黄岳(手前)と鷲羽岳、ワリモ岳 |
赤岩岳。前回は南側の草付きを登った。 | 赤沢山遠景 |
どんどん槍が近づいて行くと同時に大天井が遠ざかる。北鎌尾根への取り付きである貧乏沢入口は手製の標識がぶら下がっており、とても明瞭な踏跡ができていた。稜線の裏側もはっきりした道が沢に向かって降りていた。ここを歩くことがあるかなぁ。それとも湯俣から沢歩きかなぁ。
テント場から見た赤沢山 | 踏跡入口。岩の右側 |
岩を巻くと意外にはっきりした切り開きがある | こんな目印まであって人気が多い |
ハイマツ、灌木の間を踏跡を辿る | 最低鞍部 |
2001年によじ登った赤岩岳を巻き、西岳分岐を過ぎてヒュッテの前も通過し、この先行き止まりの看板を無視してテン場の先に行けば赤沢山は目の前である。前回下ろうとした道筋はそのまま残っていたので入ってみるとすぐに道が消えてしまい、どうもこれではないようだ。怪しげな筋がいくつか見られるので東側から西側に向けて順次追いかけてみると、花崗岩の右側を回り込む筋が正しいルートで、入口はわかりにくいが少し下ると明瞭な踏跡が出てきた。ハイマツの筋を強引に歩いてできたルートというより、以前に刈り払いを行ったような空間すらある。ただしこれは長続きせず、猛烈な急斜面を一直線に下っていったんハイマツが切れるとだんだん怪しくなってくる。それでも目印がいくつもあるし、藪に慣れた人なら道筋を失うことはまずないだろう。崩壊した岩は下から巻いてルートに戻り、ハイマツのトンネルを抜け、ハイマツを踏みつけながら下ると最低鞍部に到着、そしてこの先から道が格段に良くなる。数ヶ月以内に邪魔な樹木を鋸で切った形跡すらあり、藪漕ぎなんて全くなかった。完璧な刈り払いではないが、これは踏み跡以上のグレードで、個人ではなくグループで整備したとしか思えない。テン場から見るとあんな急な斜面を本当に登れるのか心配になるほどだったが、現場に行ってみると危険箇所はなく、岩があるとご丁寧に右に巻いたりしてくれる。
北側肩から南を見る | 赤沢山山頂 |
いつの間にかモデルチェンジした山ねずみ氏の標識 | 赤沢山から見た槍ケ岳 |
登り切るとひょっこり北の肩に飛び出し、ここで森林限界になって視界が開ける。正面には槍沢を従えた槍ヶ岳がでかい! 槍沢の登山道もはっきり見えるが、たぶん登っている人が何人もいるのだろうな。赤沢山山頂は南端なので広くてほぼ水平の尾根を踏み跡を追って歩く。ハイマツは寝ているし、ちゃんとその下には踏み跡もあって楽ちんだ。南のハイマツの隙間に三角点と手製の山頂標識がかかっており、標識の裏を見るとなんと「三重・津。山ねずみ」氏の標識だった。あれ? いつのまにか白いプラスティック標識から木製標識に切り替えたのだろう? 約1ヶ月前に付けられたばかりの新しい標識は塗装もされず直接マジックで書かれているので、数年で見えなくなってしまいそうだ。今後はこの形式の標識に統一するのだろうか? またどこかで見かけたら写真に納めるか。それともどこかで本人を見かけたりして。
しばし山頂でひっくり返って昼寝。これから牛首山が待っているので体力を充電しないといけない。たぶんこんな楽には登らせて(というか行きは下って帰りに登るのだが)もらえないだろう。写真を撮りつつヒュッテに戻り、喉が渇いたので350ccを買い求めて水分補給、アルコールをエネルギーにしてそのまま歩き出す。アルコールは利尿作用があるので補給した水分を無駄に出すことになるかと思ったら、運動量が思ったよりも多いようで全く小用を足したくなる気配がないし、ほろ酔い気分にもならなかったなぁ。暑いくらいの日差しの中、今度は槍が徐々に遠ざかっていった。暑いと体力を消耗するぞ。
大天井ヒュッテに戻ったが、空身に近いとはいえ赤沢山往復は結構な体力を消耗して登り返しの足が重く、これで牛首山のハイマツ漕ぎができるのか自信がなかった。体力以前に精神力も疲労していて、牛首展望台まで登って牛首山に登ったとか書いてしまおうかなぁとか不埒なことを考えたり、また来年出直すかとかいろいろな思いが頭をよぎる。とにかく休憩しないと次の行動は無理なので、デポしたザックに座って水を飲んでパンをかじっているとヒュッテの管理人らしき男性が話しかけてきた。私がデポしたザックがあまりにも長時間転がったままなのでどこに行ったのか心配していたらしい。牛首山かと思っていたそうだが、今まで赤沢山を往復してきたので時間がかかり、牛首山はこれから行くかもしれないが疲れてしまったので偵察で終わってしまう可能性が大だと説明した。牛首山の藪の程度を聞いてみたがやはり凄いハイマツらしい、といってもその話しぶりからすると管理人も牛首山までは行ったことがないように思えた。でもさほど驚いた様子もないので牛首山を目指す人はたま〜にいるのかもしれない。本当に山頂まで到達できた人が武内さんと山頂渉猟著者以外にどれだけいるのかは不明だが。
私のことを心配してかどうかは分からないが、管理人は牛首展望台向けて登っていった。私もとりあえず牛首展望台(2766mピーク)までは行こうとアタックザックに水と長袖シャツだけ入れて歩き出したが、2ヶ月のブランクは3週間前の餓鬼山程度では回復するはずもなく、足の重さはいかんともしがたい。ゆっくりゆっくりと登っていく。牛首山は残雪期に狙うことも考えられるが、なんせアルプス級の山なのでここまで来るのが大変だ。それに展望台のピークは出だしが急で、雪が付いたら私の度胸では登れそうになかったから無雪期に来る方がいいだろう。
クロマメ、コケモモが数多く実っているのを北アルプスで見たのはここくらいではないだろうか、それほど多く生えていた。縦走路から外れて登る人もさほど多くなく、踏み荒らされることもないからだろうか。何粒かちょうだいしたが充分熟れていい味だった。やがて山頂が見えてくると入れ替わりに管理人が降りてきたので、今回は偵察で終わりそうだと言っておく。このときは本当に偵察だけで帰るつもりだった。
牛首展望台(背景は立山剣、後立山) | 牛首展望台から見た赤岩岳、穂高 |
牛首展望台から見た大天井岳 | 牛首展望台から見た裏銀座 |
牛首展望台は素晴らしい眺めで、もし大天井岳に行かないのなら代わりに登るべきピークであろう。槍はもちろんだが北鎌尾根と硫黄岳が目の前に広がる。もちろん裏銀座の山々もである。しかしまだ牛首山は2700mピークに邪魔されて見えないので、とにかく藪がひどくなる場所まで行ってみることにした。いきなりハイマツの藪に突入かと思ったらしばらくは花崗岩が風化した白い砂礫地帯が続いて障害物は全くなかった。そして真新しい足跡までついているではないか。まさか牛首山まで行ったのだろうか? それによって私が楽になることなど全くないが勇気づけられる。稜線の右側はハイマツの藪か切れ落ちている部分が多く、左側が砂礫地帯なので主にそちらを歩き、稜線が狭い部分だけ稜線直上の花崗岩地帯を歩いた。風化してホールドに掴んだらパカっと岩がはがれることもあり、ほとんど人が入っていないと思われた。2700mピーク手前の鞍部だけハイマツに覆われているが、半分寝ていて膝から腰の高さなのでまだまだ序の口であり距離も数10m程度だ。
牛首展望台西の肩から2700mピークを見る | なんと先人の足跡が |
2700mピーク手前から展望台を見上げる | 岩稜帯はこんな感じだけど危険個所は無し |
なだらかな2700mピーク山頂 | 2700mピークから見る牛首山。かなり近い |
2700mピークはてっぺんに登ったが、南側から巻いた方が次の砂礫地帯に早く到達してハイマツをショートカットできたようだ(帰りはそうした)。どうもこの先はハイマツの海が始まるようで、牛首山があると思われる右手方向は砂礫が無く、とにかく牛首山の姿を拝もうと腰ほどのハイマツの海に分け入る。なんせ平坦地なので今までのように先が見えないのがいやらしい。ちょっとだけハイマツを漕ぐと初めて牛首山が見えるが、その距離が近く見えること! GPSが無いので具体的距離はわからないが、これなら行けそうだと思わせるのに充分な近さだ。それにそこに至るルートは確かにハイマツの海だが、これまでのような砂礫地帯がオアシスのように点在し、それらをつなげば簡単に到達できそうに思えた。こうなると偵察などという軟弱な考えはどこかに吹っ飛んでしまい、何が何でも牛首山まで行ってやる!という決意が固まった。牛首山山頂は樹林帯では無いようで、凹凸の少ないきれいな緑一色だった。山頂渉猟によると胸くらいの笹と書いてあったので笹原の色らしい。
そうとなれば突進あるのみで、進路を僅かに右に振ってできるだけ砂礫地帯をつなげながら下っていく。残っていた足跡もやがて消えてしまったのでハイマツが徐々に多くなってきた地点で戻ったようだ。といってもまだこの辺りはハイマツが寝ていて漕ぐと言うほどではないし、ハイマツが低くて視界良好、だいいち砂礫地帯の割合の方がまだ多い。でも下るに従って徐々に「オアシス」が少なくなり、ハイマツが立ち上がってきて格闘状態になってきたし、ハイマツで視界が無くなった。特に2630m肩付近は背丈が2mを越える完全に立ったハイマツで、横に寝た幹が縦横無尽に走り足が地面に着かず、まるで倒木地帯のように幹の上を伝わって歩くしかない。これぞハイマツ漕ぎの醍醐味だ。3ヶ月前の清水岳直下と同じ状況だが、清水岳では僅かにハイマツが薄い筋があったがここではそんなものは無く、方向を失わないように下るしかなかった。これを登り返すのを考えると気持ちが後ろ向きになってしまうので、ここは牛首山が待っていることだけを考えることにした。また、この辺は顕著な尾根ではなく、もし視界がなかったら下るのはかなりやっかいだろう。GPSにこまめにウェイポイントを入力しないと容易に方向を失ってしまうし、視界がないとオアシスの在処が見えないので藪漕ぎ距離は大幅に増えてしまう。
2630m肩付近から見た牛首山 | 2630m肩付近から上を見る。「オアシス」が点在する |
2630m肩から下る斜面を見上げる。もっともハイマツが深い | それでも所々ハイマツが切れた場所がある |
2630m肩はごく小さな二重山稜で、真ん中の谷だけがハイマツでなくナナカマド等の灌木帯で藪が薄いのでそこを下るが、本当の尾根は左手でこのまま下ると方向がずれそうなので適当な場所で尾根に乗り移るが、これがまた立ったハイマツの壁で突入に苦労する。入ったら入ったで「空中散歩」が続くし、視界がないので方向が正しいかわからない。幸い、枯れた小振りのシラビソがあったのでよじ登って確認すると、やや右に寄っているようなので左に進路を振る。もうオアシスは見えずハイマツの海が続くが牛首山との鞍部は近く、どうにか山頂まで行けそうだ。立ったハイマツで周囲は全く見えないのでできるだけ尾根直上を行くようにしたが、立木が点在する左手の方がハイマツが薄かったようだ。木の下だけはハイマツが切れていることが多かった。その意味では尾根右手のダケカンバ地帯の方はもしかしたら藪との格闘が無かったかもしれないと今頃になって思ったが、2.5万図が無く細かい地形が分からず、右手は切れ落ちていると思いこんでいたので(少なくとも現場では左側より傾斜がきついらしく斜面は見えなかった)現場では左側を選んだ。ま、尾根直上よりはずいぶんマシだったが。
鞍部の草付きから2700mピークを見上げる。帰りが大変! | 鞍部の草付き。獣道がある |
鞍部付近で尾根から左寄りのハイマツを下っていくと、突如として藪が無くなって草付きの小さな谷に降りた。山頂渉猟では鞍部には明瞭なケモノ道があると書かれているが、草が倒れており大型動物が通った形跡がうかがえる。落ちていた糞の大きさからしても間違いなく熊であろう。ま、今更驚くほどのことではないが。山頂に続く尾根は広くなって一面の藪だが、この獣道は尾根を越えて北側に続いており、もしかしたら山頂まで続いているのではないか?と期待してそちらに進むと藪がない広い草原地帯ではっきりした獣道が水平に巻いている。残念ながら獣道は巻いたままだが、山頂方向に藪が薄い場所が出てきたので上を目指す。
鞍部から北側を巻いて続く草付きと獣道 | 北側から藪の薄いところを狙って斜面に取り付く |
牛首山山頂(背景は大天井岳) | 牛首山から見た硫黄岳、鷲羽岳 |
牛首山から見た槍ケ岳 |
最後は立ったハイマツの藪だったが、それを過ぎると意外にも膝丈ほどの低いハイマツに覆われた牛首山山頂に到着した。武内さんも立った山頂だがKUMOどころかいっさいの人工物は見あたらず、手つかずの自然のままだった。とうとうこの山頂に立てたのだ! 感激で胸がいっぱいである。GPSが無いので客観的データでここが牛首山山頂であることを証明できないが、目の前には三角点があるはずの肩も見えているので間違いなく山頂だろう。三角点を確認すれば完璧だが、この藪をまだ進むのは気が進まないのでそこまでやらなかった。藪が低いので360度の大展望で、やはり硫黄尾根に目がいってしまう。あそこに登れるのはいったい何年後だろうか? 藪についてはもう充分自信がついたが岩と雪はなぁ。ノーザイルで登ってしまった武内さんは、私にとっては神様並みだ。
嬉しさのあまりか、ヒュッテから牛首展望台への登りではあれほど苦労したのが嘘のようにほとんど疲労を感じなかった。水を飲んで少々休憩し、周囲の景色をまぶたに焼き付けて登りのハイマツ漕ぎ開始だ。山頂の下りでルートを右に取りすぎたようで延々と立ったハイマツが続いてしまってから獣道に出た。鞍部の谷から尾根への取り付きは見てうんざりするような立ったハイマツだが、これを登る以外に帰れないのでとにかく隙間が少しでも多い場所からハイマツの中に潜り込む。その前に上を見上げてダケカンバが立ちハイマツが切れていそうな場所を頭にたたき込んでそちらを目指して登ることは忘れない。登りは下りと違ってどこでも上を目指せば山頂に出られるが、このシチュエーションではルートの取り方で藪漕ぎの程度は雲泥の差を生じるので、できるだけ先を見通して藪が薄い場所をつなげて歩ける場所を探すのが得策である。下りでは見通せなかった斜度は登りでは逆によく見えるので、帰りは藪が薄い場所が点在する尾根のやや南側を登り効率が良かった。それでも30mくらいはずっと立ったハイマツが続く区間があり、時々視界が開けた場所に出ても砂礫のオアシスはまだ先で、がむしゃらにハイマツをかき分けて幹に乗って進むしかない。
最初の砂礫地帯にたどり着くと点々と砂礫が続くようになりぐっと楽になる。2630m肩直下で再びハイマツ地獄になるが、これも2,30mで左に進路を取ってナナカマドの谷に出れば楽になる。そして最後の立ったハイマツ帯に突入し(20m程度か)、それを突破するともう立ったハイマツ地獄は無く、核心部分をクリアしたと言っていい。振り返れば牛首山は低い位置に見えている。あとはほとんど砂礫帯をつなげて登れ、2700m峰に出ればほとんどゴールしたと言っていい。鞍部付近の最後のハイマツを過ぎればもうまとまったハイマツとはおさらばで、意気揚々と花崗岩地帯を登り返して展望台到着。淡々と登山道を下って大天井ヒュッテに到着、管理人に無事帰還を報告と同時に350ccを購入して喉を潤した。
もう時間的にも体力的にも燕山荘まで行くのは無理で、よほどこのまま大天井ヒュッテに泊まってしまおうかと誘惑に駆られたが、せっかくテントを持ってきた意味がないので大天荘まで登り返すことにした。こんなことだったら上にテントを張りっぱなしで空身で出かければよかったが、ここまで疲れるとは思わなかったのでしょうがないか。ゆっくりゆっくり歩いて大天荘到着、南風が強いのでささやかな石垣でちょっとだけ風をよけられる場所にテントを設営し、昨日に引き続いて幕営の手続き。小屋番のあんちゃんには体調が悪くて引き返してきたのかと心配されたが、赤沢山と牛首山に行って時間切れで戻ったことを話した。さすがにここだと牛首山に登った人がいるとは言っていなかったし、もし遭難しても探せないだろうなぁと言っていた。
寒さに備えて最初から着られる物を全部着てから酒を飲んで寝たが、今日は上空に雲が出ていたし風で空気が攪拌されて昨晩より気温は下がらず、夜中に温度計を見たらテントの中は10℃もあった。昨夜は0℃だからかなりの差がある。おかげで寒さに震えることはなかった。
夜中に外を眺めたときは満天の星空だったが、朝方起きると雲がかかっているようで星が見えなかった。今日はどうにしても下山のみなので例え雨が降っても行動するつもりだったので曇り程度なら支障はなく、風の弱いタイミングをはかってテントを撤収、ガスの向こうに広がる雲海から上がる太陽を眺めてから下山にかかった。どうもガスの高さは徐々に下がってきているようで、出発時には完全にガスの中に没していた。高度を下げると雲から出て視界が開けたが、まだ裏銀座の稜線にはガスがかかっていないので本格的な天候の崩れには至らないらしい。
お世話になった大天荘を後にする | 燕山荘直下から見た餓鬼岳、唐沢岳 |
南西の風が強く体感温度が低く、毛糸の帽子で耳を覆い、手袋は2重にする。槍は雲の中で見えないが、盆地に目を向けると雲海が晴れてきて市街地が見えるようになってきた。下界は晴れだが山は曇りか。天気予報によると前線が徐々に南下し、北から天気が悪化するという。今日の予報は北陸以北で雨、長野では昼頃から曇りとのことで、この界隈ではいつまで天気が持ってくれるだろうかと心配になる。しかし逆にガスが高くなり、大天井岳が見えるようになり、これなら大丈夫かなぁと思える明るさになった。急ぐ必要もないので大ザックでゆっくりと歩き、時々後ろを振り返って牛首山の尾根を眺めた。
しかし天気は悪化傾向のようで、再びガスが降りてきて燕山荘に到着する頃にはまた大天井岳が隠れてしまい、裏銀座の山もガスに覆われ、こちらがわの谷には霧のような白いものがかかっていたが、おそらく雨粒だろう。あれがここまで来ないことを祈ろう。小屋の広場は風が当たるので休憩はパスして合戦尾根を下り、主稜線で風が遮られる場所でお休みすることにして合戦小屋まで歩き続けて休憩。空模様はますます悪くなり、ポツリポツリと小さな雨粒が落ちてくるようになって下山まで持つか不安になるほどだが、どうにかこれ以上悪くならずにすんだ。合戦小屋は休憩の登山者で賑わっており、これからどんどん登ってくるようだが天気は大丈夫だろうか。
ブランク期間にもっとも落ちたであろう下りで使う筋力トレーニングをかねて、小屋を出てからは休むことなくグングン下るが、ちょっと心配だった膝が笑ってしまうことはなく、アルプス級の幕営でも大丈夫らしい(翌日は筋肉痛になったが)。秋は下界に下っても気温が低く、下界が近づくに従って汗だくにならなくていいし虫もいないのもいい。平地に近づくと天気は好転してかなり頭上は明るい。土曜日とあってまだまだたくさん人が登ってくるが、上で雨に降られないことを祈ろう。
温泉の赤い屋根が現れて登山口に到着。駐車場は満杯かと思ったら2台分の余地があり、やはり夏山シーズンとは違う。縦走目的でタクシーでやってきた人もいるだろうが、たぶん大半はマイカーだろう。僅かに湿ったテントを虫干ししながら着替えを済ませ、有明荘(\600)で温泉に入り3日間の汗を洗い流したら日焼けした首筋が痛かったし、驚いたことに顔が真っ赤に日焼けしていた。夏山で焼く時間がなかったのでよけいに影響が大きかったのか。さっぱりして東京に向かったが、高速道路であまりに眠気にたまらずPAに入って仮眠したら、気温が適度ということもあって1時間くらい寝てしまった。中央道の渋滞に巻き込まれるかなぁと心配したら渋滞無しであっけなく帰れた。
今回は念願の牛首山に登ることができ何よりの大収穫だった。藪のレベルとしては思ったよりも薄く、上越国境で笹藪を長時間格闘したことがある人なら余裕で対応できるだろう。特に奥日光の高薙山に無雪期に登った人なら、少なくともそこよりはマシと思えるに違いない。アルプスクラスで本格的なハイマツ漕ぎを体験してみたいというあなた、この牛首山こそ入門コースとしてお勧め。目印&踏跡皆無で、寝たハイマツばかりでなく立ったハイマツが体験でき、ここを経験すればどこの山に行っても驚くことはなくなるでしょう。あとはその距離が長くなるだけです(ってそれが一番つらいのだが)。これに比べれば中アの田切岳は楽勝かな。
所要時間
1日目
6:48駐車場−6:58中房温泉登山口−7:29第1ベンチ−7:55第2ベンチ−8:23第3ベンチ−8:43休憩−8:59出発−9:07富士見ベンチ−9:47合戦沢の頭−10:21燕山荘着−10:39燕山荘発−10:59北燕岳/燕岳分岐−11:06北燕岳山頂への分岐−11:08北燕岳着−11:21北燕岳発−11:31燕岳着−11:38燕岳発−12:05燕山荘−12:28蛙岩−12:43大下り着−12:51大下り発−13:00鞍部−13:52切り通し−14:16大天荘着−14:43大天荘発−14:50中天井岳着−15:20中天井岳発−15:29大天荘着
2日目
6:01大天荘発−6:26大天井ヒュッテ着−6:30大天井ヒュッテ発−8:02ヒュッテ西岳−8:05テント場−8:15鞍部−8:31赤沢山着−9:01赤沢山発−9:11鞍部−9:25ヒュッテ西岳着−9:33ヒュッテ西岳発−10:40貧乏沢入口−11:03大天井ヒュッテ着−11:21大天井ヒュッテ発−11:39牛首展望台−11:50 2700mピーク−12:14鞍部−12:20牛首山着−12:27牛首山発−12:51鞍部直上ハイマツ核心帯通過−12:57 2630m肩直下ハイマツ帯突入−13:03ハイマツ帯突破−13:31牛首展望台−13:41大天井ヒュッテ着−13:57大天井ヒュッテ発−14:39大天荘着
3日目
5:48大天荘発−6:03切り通し−7:52燕山荘−8:29合戦小屋着−8:45合戦小屋発−8:59富士見ベンチ−9:32第2ベンチ−9:45第1ベンチ−10:05中房温泉登山口−10:12駐車場