乗鞍岳 不動岳、水分岳、雪山岳 2005年5月21日
乗鞍岳は過去2回登ったことがあり、地形図及びコンサイスに名前が記載された全山に登っているが、日本山名事典に新たに4山記載されたので機会を狙っていた。そのうち駒ノ鞍だけは山頂部から離れた岐阜県側にり、登山道も通っているので別の機会に登るとして、剣ヶ峰付近の残り3山は場所も近いのでまとめて片づけるのがいいだろう。
不動岳は里見岳と摩利支天岳の中間のピークで、里見岳に登る途中にハイマツに覆われた山頂を通過しているが無線は運用していない。水分岳は朝日岳の西側にある小ピークで、たぶん砂礫に覆われているだろう。雪山岳は屏風岳を下った先のピークである。水分岳、雪山岳は火口湖である権現池を取り囲む山であり、最低鞍部から振り分けて登るのが効率的だろう。どれも登山道はなく、残雪期に登るべき山である。
2005年になって乗鞍岳が属する岐阜県大野郡の各町村は高山市と合併し、"拡大"高山市が誕生した。長野県側も同じような状況で、安曇村は松本市に吸収され、2つの主要地方都市が乗鞍岳で境界を接するようになった。普通、地元民くらいしか気にすることではないが、アマチュア無線の世界では「日本全国」と交信することが楽しみの一つで「日本全国」の基準が全市全郡との交信とされている。短波のように電離層反射を利用した通信ならそれほど難しくないが、TVやFM放送のようなVHFを使った場合、山の向こう側には電波が飛ばないので、周囲を山に囲まれた市郡は電波の飛びが悪く交信が難しいし、アルプス級の山の裏側の市郡と交信することもかなり難しくなる。高山市は関東地方から見ると乗鞍の裏側になり、たいへん交信がしにくかったのだが、合併により邪魔者だった乗鞍が高山市に含まれたので逆に交信しやすくなった。ただし、乗鞍岳から運用するアマチュア無線局がいればの話であるが。そこで乗鞍スカイラインが開通した直後、まだ誰も無線をやってない時期に一番乗りを目指そうと考えた。もちろん、同時に残雪を利用して3山を片づけるつもりである。
私は無線運用はほとんどやらずに山歩きがメインなので、無線要員としていつも交信の相手をしてくれる奥積さんと、近所の三角点マニアの松村さんを誘った。乗鞍なら畳平までバスが入るので簡単にピークに到達でき、奥積さんでも問題ないであろう。心配は残雪の状況だが、過去の経験では朝日岳のトラバースだけ傾斜がきつくて恐いかも知れないが、他はどうということがないので残雪状況を見て運用場所を考えることにする。剣ヶ峰は顰蹙なので朝日岳が理想的だが、駄目そうなら摩利支天岳周辺か大黒岳、富士見岳でもいいだろう。
5月は長野側は通気止めのままなので平湯峠から入ることになる。マイカー規制で平湯→朴の木平(無料駐車場有)→畳平のバスが出ているので、東京から遠くなるが乗鞍高原ではなく朴の木平まで行かなくてはならない。この時期の始発バスは朝7:00なので、駐車場で多少のんびり寝ていられるのが助かる。
天気予報では高気圧に覆われ絶好の好天が期待される日になりそうだった。以前、東京周辺で新しい市が誕生したとき、奥積さんが無線で移動したら4月だというのに雪に降られ、奥積さんの新市移動=雪の「奥積伝説」が誕生したが、今回は新市ではないので伝説の威力は発揮されないようだ。一方の松村さんは自称「晴れ女」らしい。
仕事を終えて風呂に入り食料調達して近所の松村さんをピックアップ、一般道を走って横浜線相原駅で奥積さんを拾って平湯に向かう。平湯は遠い。中央道で松本まで走り、夜中の国道158号線を延々と走り、安房トンネル、平湯トンネルを抜けて案内標識に従って朴の木平駐車場に到着、広い駐車場には車は1台しかいない。公衆トイレ近くにバス停を確認、邪魔にならないようテントを張れる場所に車を置いて、軽く酒盛りをして寝た。
翌朝、明るくなって起きると薄雲が出ており、天気予報を聞くと関東以西では上空の薄雲が出て始めて天気は下り坂とのことだが、本格的に曇りになるのは夕方以降らしい。北陸や飛騨地方の予報は1日晴れだった。まあ、ドピーカンでは日焼けが酷いだろうから薄曇り程度が適度と言えようか。朝飯を食ってバス停に並ぶかと思ったら放送があり、スカイラインは凍結のため始発及び8時出発のバス運行は取りやめとのこと! おいおい、マイカー規制でバスしか入れないのに、肝心のバスが凍結対策もしていないとはサービス悪すぎでないか! 凍っている区間は日中雪解け水が路面を流れて夜間凍る場所だけなので少ないはずで、機械や手作業でも除去できるだろう。何もしないで貴重な時間を2時間も費やすのはあまりにも経営努力が無さ過ぎる。
山や無線では朝の時間は大変貴重で2時間の損失は取り返せないが、他に足がないので方法がない。待つこと1時間半、8時30分に運行が始まるが全員をバスに乗せきれず、あぶれた人を次の便に乗せたのも、この運営会社がとてもサービスが悪いことを端的に表している。数社でサービスを競争させないと、サービス向上はとても望めそうにない。 どうにか最初のバスに乗ることが、非常に気分が悪かった。やっとバスが走り出し、スカイラインに入って標高を上げていくと、3年前の風景よりも雪が多いことが分かった。それでも猫岳への登りの最初の部分でハイマツが出ているのは同じだったし、四ッ岳南斜面の雪は完全に融けてハイマツが出てしまったのも同じで、ちょっとだけ雪が多いのかと思う程度だった。烏帽子岳の稜線と斜面は明らかに残雪が多く、私が登ったときのハイマツも埋もれていたとはいえ、ほとんど真っ白の世界かと思っていたが、半分夏山気分の風景だった。天気は回復し、雲が無くなってドピーカンだった。
畳平と恵比須岳(左)、魔王岳(右) | 車道分岐から見た摩利支天岳 | 車道分岐から見た不動岳 |
畳平に到着したのは10時ちょっと前で、記録的遅さの登山開始となった。いつもなら最初の山頂にとっくに到着している時刻だが、乗鞍程度なら所要時間は大したことがないからいいか。でも無線運用は絶望的かな。おそらくEスポが出て下界が賑やかだろう。
剣ヶ峰まで2回歩いているので地図を見ることもなく、私が先頭で最初は雪が残った車道を歩く。乗鞍高原へと下る車道で急角度に曲がって富士見岳の巻き道に入るとほとんど雪が消え、摩利支天岳との鞍部に登りつく。右手には摩利支天岳への車道が上がっているが、前回と違ってかなり雪に埋もれており、稜線に取り付く辺りはべっとりと雪が付いていてスノーボーダーが登っているのが見える。不動岳へは帰りにここを登ることになる。
摩利支天岳分岐から見た剣ヶ峰 | 肩の小屋が見えてくる |
剣ヶ峰への夏道は鞍部から先は雪に埋もれて急斜面のトラバースになっていたのは驚いた。前回はここの雪は消え、淡々と車道を歩いたのだが。もしトレールが無ければ摩利支天を越えていくような雪の斜面だが、きれいにステップが切ってあり、アイゼンも不要でバランスに気を付けながら通過する。念のため松村さんにはピッケルを持たせ、私は無線用のアルミポールをピッケル代わりにして通過した。スリルが味わえる区間は距離にして30mくらいだったろうか。3人とも無事に通過する。あとは朝日岳のトラバースが難関となろう。
肩の小屋は半分雪に埋もれてまだ営業していないらしい。トイレの入口も雪が進入しないよう打ち付けられた板がそのままであった。小屋の脇を通って雪原を適当に突っ切って夏道に取り付くが、登っていくと一面の雪になり、徐々に傾斜が増してきた。ステップも切ってあるのであまり難しい場所ではないが、滑ったら相当下まで落ちてしまう危険性がある。雪の経験がない奥積さんや松村さんがいるので無理をしないで雪が消えた岩稜帯を朝日岳向けて直登することにし、雪が消えた場所まで私がキックステップで足場を築く。奥積さんはついてきたが、松村さんは足下に集中していたようで私のトレールに気付かずトラバースの核心部に入っていった。ピッケルを渡してあるし、戻るよりそのまま行った方がいいと判断、直進してもらう。こちらは雪がない岩稜帯の登りになったので滑落の心配もなく、急な斜面をひたすらよじ登る。この高度だと空気が薄く、運動量が上がると呼吸が苦しくなるのはしょうがない。奥積さんは普段は山に行かないので呼吸器系統は私より弱く、いつの間にかかなり遅れていた。
朝日岳山頂 | 朝日岳から見た剣ヶ峰 | 朝日岳から見た大日岳、屏風岳 |
岩場は浮き石も少なく安心して登れた。朝日岳山頂も雪が切れているが、剣ヶ峰に続く尾根の東側にはべっとりと雪が付いている。ここに荷物をデポして剣ヶ峰を往復してしまおう。前回の経験ではもう危険箇所もないし、ここから見る剣ヶ峰も尾根上はほとんど雪が消えているのでアイゼンは不要だろうと持っていかないことにした。
剣ヶ峰山頂 | 剣ヶ峰から見た北ア | 剣ヶ峰から見た木曽御嶽 |
剣ヶ峰から見た北ア(拡大) |
雪田を伝わって夏道に出てからは淡々と登っていく。先行していた松村さんに追いつくが、せっかくの3000m峰なので私が追い越して先に山頂を踏むのも気が引けるのでそのまま後ろを歩いて神社が建つ剣ヶ峰山頂に到着した。3年ぶりの山頂は無風快晴、素晴らしい天気だ。北を見れば北アルプスがほとんど丸見えで、帰宅後カシミールの展望図とデジカメ写真を比較したら遠くは後立山白馬岳や立山、劔岳、薬師岳、奥大日岳も見えていた。槍穂は全部見えるが槍が小さなコブにしか見えないのはよろしくない。その代わり笠ヶ岳の姿が素晴らしく、素人だと槍ヶ岳と思うかもしれない。裏に重なって真っ白な黒部五郎岳、その左が北俣岳だ。雪が消えたなだらかで丸い頭は野口五郎岳で、その左の最高点が水晶岳で鷲羽岳へと続く稜線が見える。東に目を向けるとすぐ下に鉢盛山、その向こうは八ヶ岳が北から南まで全部見えているが霞んでいるのが残念だ。南アはもっと霞んでしまっているが、鋸岳から赤石岳の2コブまで見えていた。中アは木曽駒下の谷がまだ真っ白、木曽御嶽は北側から見る格好なのでまだまだ白さが残っているが、少なくとも乗鞍よりは雪が少ないはずだ。西にはこれまた真っ白の白山の姿。空気の透明度は良好とは言えないが、満足すべき展望だ。
記念に写真を撮って朝日岳に戻って無線運用準備をしていたら監視員の青年がやってきて、朝日岳は一応立入禁止なので無線は登山道沿いでやって欲しいとのことで、組立が終わったアンテナを畳んで蚕玉岳に向かい、夏道が出た西端で運用することにした。ただ、残雪期は立入禁止区域についてはあまりうるさいことは言わないとも言ってくれたが、さすがに派手にアンテナを立てるのは目立ちすぎということらしい。頭ごなしに「ここでやるな!」という言い方ではなく「申し訳ないが規則なので・・・・」というような気持ちのいい対応で、こちらも素直に従うことができた。やはり、道がないピーク群は残雪期に登るべきのようだ。
蚕玉岳では邪魔にならないかと心配だったが、上がってくる人はスノーボーダーが中心で、夏道は歩かずに残雪の上を選んで歩いたり休憩しているので、逆に地面が出た場所は不人気で問題なかった。ただ、無線の運用自体は下界では中国大陸方面の電波が開けて中国のTV電波が6mに大混信を与え、東京方面では我々の信号は潰されてほとんど聞こえなかったとのことで、あまり呼ばれなかった。これが夏山シーズンだったらアンテナ上げられるだろうか? やっぱり大黒岳か富士見岳が無難だろう。
剣ヶ峰から見た雪山岳(左)と水分岳(右) | 朝日岳の下りから見た水分岳 | 水分岳山頂 |
奥積さん達が無線をやっている間に水分岳と雪山岳を往復してしまおう。幸い、お釜の中はたっぷりの雪で、水分岳と雪山岳をつなぐ尾根も雪がつながっている。朝日岳への登り返しは雪の上だが下りは雪が融けて岩稜帯だ。見た感じでは高山植物はないようだが、下手に踏まないよう岩をつないで歩くが藪はなく簡単に下ることができた。小鞍部で雪が出てきたので左側から雪を伝わって登ると岩稜の小さな盛り上がりが水分岳山頂だった。稜線から西側はすっかり雪が融けて岩が出ており、そこでひなたぼっこをしながら無線を運用した。
水分岳〜雪山岳鞍部から見た水分岳 | 水分岳〜雪山岳鞍部から見た雪山岳 | 水分岳〜雪山岳鞍部から見た剣ヶ峰 |
雪山岳山頂の雷鳥 |
次は雪山岳であるが、山頂まで稜線(火口壁?)東側に雪がついているのでその上を歩いた。しかし雪が無い場所も岩と寝たハイマツなので雪が無くても特に支障は無さそうだ。お昼が過ぎて緩んだ雪でも踏み抜くこともなく、スパッツが必要なほど沈まずに淡々と歩ける。緩やかに標高を上げるといくつかの岩の積み重なりがある雪山岳だった。目の前の屏風岳が高く、山頂とは言えないような場所であるが。まだ白い羽根が残った雷鳥のつがいがハイマツの中から飛び出してビックリしたが、乗鞍で初めて雷鳥を見られたのでラッキーだった。ここでも無線をやり、同じルートで蚕玉岳に戻った。
朝日岳直下のトラバースを登る人の列 |
朝日岳直下のトラバースを下る奥積さん |
あまり呼ばれないので無線を終わりにし下山開始。朝日岳のトラバースはたくさんの人が歩いてトレールが掘れているのでそのまま下ることにし、松村さんにピッケルを渡し、こっちは重さ2.5kmのアルミポールで支持する。下ってみるとクズバ山とは比較にならないくらい大した斜面ではなく、私にとっては恐怖心は皆無だ。雪が柔らかいこともあってアイゼンは付けずに下っても支障がなかった。奥積さんがやや遅れて下っており、最後尾を離れて松村さんの姿が見えるので写真を撮る。真っ白な雪面の背景は真っ青な空でコントラストが鮮やかだった。
トラバースの角度が緩くなれば危険地帯は終了。肩の小屋へ向けて歩き、摩利支天岳トラバースルートに備えて奥積さんを待つ。しかし帰りに歩くと行きより危険を感じることもなく簡単に歩けてしまった。かなりの急斜面だがスノーボードが滑り降りた跡もあり、スキー上級者コースの斜度くらいなのだろうか。
摩利支天岳分岐で奥積さんには松村さんを待っているよう依頼、ついでに430FMのメインをワッチするように伝えるようお願いする。時刻は午後3時20分を過ぎており、不動岳を往復するだけでも午後4時のバスに間に合うか微妙な時間で、交信相手を捜している時間的余裕はないので仲間内でさっさと交信して帰るのが得策だ。
鞍部から見た里見岳 | 鞍部から見た不動岳 | 不動岳から見た畳平 |
不動岳山頂 | 不動岳山頂の雷鳥(背景は里見岳) |
林道は右端の雪が消えており、大半は雪の斜面を歩かなくて済んだが、最後は踏跡がない雪に埋もれた斜面にステップを切りながらトラバースする。アイゼンとピッケルがあると安心だが全部デポして空身なのでちょっと慎重に通過する。不動岳と摩利支天の尾根に乗れば東側はたっぷりの雪なのでそれを伝わって山頂を目指すが、前回もそうであったが尾根上は石ころと寝た薄いハイマツなので雪が消えても歩けるだろう。里見岳に続く尾根にもたっぷりと雪が残っているが、既登山なので今回はパスだ。最後に右から巻くように突き上げて雪が切れると岩の山頂で、すかさず430で松村さんと交信する。最後に写真を撮って下山しようとしたら山頂の岩の上に雷鳥がいるのに気づきデジカメでパチリ。本日3羽目の雷鳥だった。
バスの時間まで余裕がないので雪が消えた林道は小走りで下りデポしたザックを回収、スノーボーダーに混じって車道を下る。富士見岳北斜面でジグザグる部分で下の道を歩いている2人を発見、時間差を数分まで縮められたようで、バスの出発5分前には到着できそうだ。バス停には結構並んでいたが数席の空席ができた程度で全員乗り込むことができバスが走り出した。あとは周囲の風景を楽しみながらの楽ちん移動だ。途中、四ツ岳と猫岳の鞍部でここから猫岳に登るんだと松村さんに説明すると、なんとその鞍部から足跡が見えるとのことで、今年も残雪を利用して登っている人がいるようだ。まさか山ランメンバー??
朴の木平に下り、目の前の日帰り温泉(\600)で汗を洗い流し、一路湯の丸高原へと向かった。
今回の山行は山の難易度、労力は大したことがなかったが、天気が素晴らしく良くてアルプス級の残雪期を堪能できたのはうれしかった。普段は家に閉じこもっている?奥積さんにも素晴らしい経験をさせてあげられたと思う。今年の大型連休も素晴らしかったが、今回の乗鞍も素晴らしかった。こういうことを体験すると山にハマるんだよなぁ。