中ア中部 黒川山、烏帽子山  2003年11月15日

 

 今の時代は中央アルプス核心部へのルートといえばロープウェイであるが、以前は多様なルートがあった。木曽福島からの登山道、桂木場からのルート、伊那スキー場からのルート、蛇腹沢登山口からのルート、それに黒川渓谷沿いのルートなどである。これらのコースは今でも存在するが、わざわざ労力をかけて歩く人は少ない。ましては元々道がない中ア周辺の山に登る人はほとんどいないだろう。

 今回ターゲットに据えた山は、これらのルートからも外れた道の無い山である。伊那前岳から東に登る尾根は五合目のうどんや峠まで登山道があるが、それより東になると道はない。しかし黒川山という2200mを超えるピークが存在するし、そこから南東に延びる尾根上には烏帽子山というこれまた2000mを越えるピークが存在する。中アの場合、道がない場所には笹が存在する確率が高く、これらの山もきっと笹藪だろうなと想像できた。しかし、奥念丈岳を考えればどうにかなるだろうと出かけることにした。インターネットで調査したが、黒川山、烏帽子山とも登山記録は発見できず、まずまずの武内級の山のようだ。

 ルートであるが、最初は黒川平からバスを使って蛇腹沢から登とうとしたのだが、この時期では始発がなんと8:00、これではあまりにも遅い。どうせなら歩いてしまおうと考えていたが、地図を見ていていいことを思いついた。宮田高原から歩くのである。そこは標高1600mもあり、車で入ることができる。バスが走る道のゲートは標高900mだから大幅な労力削減ができる。黒川渓谷沿いの歩きが長いが、当初計画よりはずっといいだろう。インターネットで宮田高原キャンプ場まではバスでも走れるような道であることを確認して出かけた。

 会社が終わってすぐ出発、金節約のため諏訪ICで降りて毎週のように走っている国道152号線を高遠に入り、いつものように南下せずに西に進んで伊那に入り、153号線を南下して駒ヶ根に、そして宮田高原入口をいつのまにか通過してしまい駒ヶ根高原への道に入り、改めて広域農道を北上、宮田高原の標識を発見して高度を上げる。ところがなんと工事中で林道入口から6kmの地点で施錠された車止めがあり、宮田高原まで残り5kmを歩く羽目になった。予定外だがこれでも標高は1200mちょっとあり、黒川平から歩くよりもマシだ。宮田高原まで入ると楽をしすぎかなぁと思っていたのが日帰りに適度な行程になったわけで、いいトレーニングだ。ゲートより僅かに下ったところが広くなっていたので車を止めて酒を飲んで寝た。

 天気予報では午後から崩れるとのことだったが、早朝は星空も見えるくらいでしばらくは大丈夫そうだった。最初の5kmは林道歩きなのでまだ真っ暗なうちから出発した。気温は高めで歩いている内に暑くなってTシャツになった。歩き出して30分で明るくなった。無人の路上をカモシカが逃げていく。中アではカモシカの目撃回数が多い。宮田高原まであと1kmの地点では道路全面を掘り返しての工事中で、工事車両でさえ通行できない状態だった。3mもの掘り返しを下って登り返した。その先にはナンバーのない宮田村の軽ワゴン車が置いてあった。たぶんキャンプ場の車であろう。

 宮田高原に到着すると左手に空木岳が現れた。少しだけ雪をまとっているがおそらく積雪は数cm程度であろう。目の前には烏帽子山とおぼしき真っ黒なピークも見える。意外と近いのだが間に黒川渓谷があるので尾根続きではない。すぐにキャンプ場管理棟が出てくるが既に営業を終えて無人だ。でも公衆電話は使えるようになっていて、木曽駒から降りてきた客がタクシーを呼べるようになっている。ただ、あの工事だから1時間ばかり歩かなくてはいけないが。林道はなおも北に向かっていて、登山者は看板をどけて車止めまで入ってよろしいと書かれている。車止めから先は半分廃林道で、手前には広い駐車場がある。

 緩い下り坂の林道を歩くとオッ越で、今まで尾根の東を歩いていたのが西側に変わると同時に本格的廃林道になる。法面のガケが崩落したところはそのままで、花崗岩の岩くずの上に踏跡ができているし、巨大な岩は巻くようになっている。斜面からガサゴソと音がしたので見てみると、またもやカモシカが林道から逃げて斜面に駆け上がったところだった。まさか1日で2回も見るとは思わなかった。毛勝三山に登るときに馬場島まで車で入ったが、この夜はカモシカを5頭くらい見たと思うがそれに次ぐ記録だろう。

 黒川渓谷へ向けてどんどん下ると、急カーブするまともな林道と出くわした。これが黒川沿いを上がってくる林道で、一般車通行止めの工事用林道だ。黒川平から歩くとコースタイム4時間だから宮田高原経由で半分で来たことになる。もしちゃんと宮田高原まで車で入れたら30分だけどね。林道は未舗装だが普通車でも充分走れるような路面で歩くのが悔しい。

 あわよくば黒川を渡渉して直接烏帽子山に取り付こうと渡渉点を探しながら歩いたが、もうちょっとというところで渡渉不可能だった。最大の原因はしぶきが凍り付いて石は薄い氷でコーティングされ、少しでも濡れた石はツルツル滑ってとても足が置けなかったことだ。まさかアイゼンが必要になるとは考えてもみなかった。それにもし凍っていなかったとしても石の距離も微妙で、豊富な水量のため落ちたらのっけからびしょぬれになってしまう。帰りなら濡れても構わないだろうが、まだ山も登っていないうちから濡れるわけにはいかない。しばらく渡渉点を探したが諦め、うどん坂から登ることにした。

 林道は延々と続き、伊勢滝手前で工事で川幅が広がり渡渉できそうだったが、ここまで来たらうどん坂経由でも大した違いはないのでそのまま進む。その後堰堤で簡単に川を渡れる場所もあった。やがて大規模な土石流が発生し、林道が寸断された場所に出た。ここが伊勢滝だった。今では車道跡の上を水が流れているので、適当な石を渡って渡渉が必要だった。滝は遠目に見ただけだが、なかなか立派だった。

 滝からすぐに林道終点で、そこには壊れかけた小屋があった。結構大きな小屋であるが壁には穴が空いている。まあ、今となっては使う人も少ないからしょうがないか。でも無いよりはマシで雨は避けられそうだ。この先は廃林道でそれもやがて終わって登山道になる。落ち葉で覆われて目印のテープがないとルートがはっきりしないが、逆に言えばどこでも歩けるので沢の左岸を適当に歩いていれば登山道に出くわすはずだ。またもやカモシカを見かけた。これで3回目だ。中アはよほどカモシカが多いのだろうか。

 周囲には雪が見られるようになり、今シーズン初めて新雪を踏んだ。気温は低いようでサクサクといい感触だ。左手の斜面にはシラビソの葉の上に雪が乗ったままで、おそらく昨日降雪があったのだろう。といえども積雪は1cmにも満たない。歩きには何の支障もない。

 ようやくうどん坂分岐標識が現れ左に分岐する。沢の水量はまだ多いが丸太を3本まとめた橋がかかっていて渡れるようになっていた。しかし、これは今は通用しない。なんと飛沫がかかって丸太は氷のコーティングを施され、とても歩いて渡ることはできない。おまけに雪も積もっている。しかし、この橋を使わないと沢を渡れないので両手も使って這って渡った。しかし、次の小さな沢も渡渉に利用できそうな石は全て氷のコーティング、しょうがないので大きく迂回して水の浅い所を選び、滑っても被害が少ない場所を選んで無事渡った。今回はここが最大の難所だったのは意外だった。

 あとはおとなしいシラビソ樹林の登りでうどんや峠に出た。ここを右に行けば木曽駒、まっすぐ下れば蛇腹沢登山口に至るが、左の尾根には標識もなく踏跡もない。しかし、今までの植生からすれば尾根上は下草のないシラビソ樹林と思われ、笹出現の予感はない。案の定、東に踏み入ってもおとなしい樹林が続き、所々灌木の藪や倒木等が出てくると北側に巻いて避ければ問題なく歩けた。登山道から近いので人が歩いた形跡はあるだろうと予想していたが目印等は一切無く、訪れる人は皆無のようだ。

 やがて登りが終わってピークに到着、山頂標識も何もないがGPSによるとここが山頂に違いない。黒川山は東西ピークが2つあるが、武内データでは西側の2244m標高点ピークを山頂としている。冴えない山頂で樹林で見晴らしはないし、目印のテープ等も全くない。南側が開けているのでそちらで休憩することにした。144,430では応答が無く6mを運用、吉原さんの声を期待したが時刻が遅かったせいか聞こえない。それどころか強い局は全く聞こえず、不安になりながらCQを出したところ、JA7TKH/1吾妻郡榛名富士からお声がかかった。今日は榛名で数稼ぎらしい。既に3山目で、次は烏帽子岳に鬢櫛山だそうだ。榛名はいっぱいピークがあるので選びたい放題だろう。奥積さんが釣れないか期待しながらラグっていたが反応はなかった。

 まだ先は長いので早めに切り上げて烏帽子山を目指す。今までは中アになりがちな笹がなかったが、この先の様子は不明だ。極端なアップダウンはないので困難な笹藪漕ぎはないだろうが、笹の有無で疲労度は大きく変わる。片道1時間でいければ御の字だろう。

 東のピークまでは木がまばらな尾根南斜面を歩き、ピークに到着すると雨水が溜まったビニール袋がぶら下がっていた。山頂標識?? ここで尾根は右に曲がり、シラビソ樹林の下りで、帰り用に目印を付けながら広い尾根を歩く。やがて徐々に笹が出現するがまだまだ大丈夫だ。薄いところを選んで歩いてゆく。2100m鞍部付近から笹が深くなり、笹に乗った雪が溶け出して衣類が濡れるようになる。いつもの中アの笹なので茎は細いし背丈は腰ほどなので猛烈な藪ではない。笹の登りはきついが奥念丈岳よりはずっとマシだと自分を慰めつつ、できるだけ笹の薄い所を捜して西へと進路を変えると笹が切れ樹林帯に戻った。助かったぁ。2167mピーク直下で笹が切れるが、頂稜も笹がないのか確信が持てなかったので西斜面側を巻くように歩いた。2150mピークは再び一面の笹藪で鹿道もないので適当に藪漕ぎし、鞍部で笹が消えて歩きやすくなり、主尾根から外れて烏帽子山に向かう2150mピークで薄い笹藪になる。ここで初めて目印テープが現れた。いったいどこから登ってきたのであろうか。ここで進路を左に変えて樹林と薄い笹を下り、緩く笹原の尾根を登ったところが烏帽子山山頂だった。

 想像に反して施錠された木製の小屋があって430近辺の周波数と思われる八木アンテナがつきだしていた。一体何の小屋だろう? 三角点は笹の中に埋もれていて発見に時間がかかったが見つけることができ、間違いなく烏帽子山山頂と確認できた。冷たい西風は樹林で遮られ、時々差し込む日差しが暖かい。樹木がなければ中ア核心部が大きく見えるのだろうな。

 無線は奥積さんを期待しつつCQを出すが応答が無く、松本市固定局に続いて大和さんから声がかかった。今度は烏帽子岳だそうだ。このとき、私がいるピーク名は烏帽子"岳"と勘違いしていたので、お互い烏帽子岳同士のQSOだと思っていたが、こっちは烏帽子"山"だった。大和さんは車の中で昼飯を食ってから登ってきたそうだが、こちらはなんと昼飯を車の中に忘れてきてしまい、非常食のチョコレートなので飯を喰った気がしない。こんな忘れ物は久しぶりだった。

 奥積さんとはQSOできなかったが大和さんと2山ともQSOできたからいいか。下りも延々と林道歩きが続いて時間がかかるのでもう出発しよう。正確に尾根をたどりつつ笹ができるだけ薄いところを選んで黒川山まで戻った。黒川山からは時間節約のため尾根を外して北斜面を黒川向けて直接下ることにした。難関は黒川の渡渉であるが、工事現場で川幅が広くなって浅くなった場所や堰堤にたどり着けば難なく渡れるはずなのでどうにかなるだろう。もう気温が上がって山の上でさえ雪が融けているので岩を覆っていた氷も溶けただろうし、万が一沢に落ちて靴が濡れても林道歩きだけだから許せるだろう。小尾根を下るがやがて谷に吸収され、谷の中を歩いたり小さな滝を高巻きしたりと変化を楽しみながら黒川に到着。いよいよ運命の渡渉であるが、運良く川の流れが2分された場所に下ったため、それぞれの水量が減って渡渉できそうな場所がすぐ見つかった。落ちていた木の枝を支えに1本目を渡り、2本目は少し下流でいい場所を見つけて渡り終えた。これで30分以上節約になったはずだ。すぐに林道終点と伊勢滝に出た。ここでザックを背負ったオバチャン3人組を見かけたが、まさか木曽駒へと向かうとも思えないから伊勢滝見物だろう。


 ここまでくればあとは延々と林道を歩くだけで、工事車両が入って治山工事をやっている現場を通過し、宮田高原への廃林道を登って宮田高原に到着、管理棟前で休憩した。気温は標高1600mなのに10℃まで上昇していたので下界では20℃近くまで上がっていただろう。道路工事現場は作業中だったがユンボは動いていなかったのでまたもや穴を上り下りして通過、その先の三十三観音の案内に従って車道を外れて尾根に乗る。これは車道をそのまま歩くとかなり遠回りになるのだが、直接尾根を下ればショートカットできるのだ。明るい昼間なら問題なかろう。

 この遊歩道?は目的の尾根をずっと下るわけではないが、途中までは尾根をたどるので利用できる。三十三観音までは笹が刈り払われた1級の道であったが、観音様から先は尾根を左に巻いて下っていってしまうので笹尾根に上がって適当に歩くことにする。笹の下りはまだいいのだが、棘の藪はいただけなかった。標高が下がると棘が出てくるのはすっかり忘れていて、踏跡があるのだがその踏跡に沿って棘の灌木が生えているのでわざとルートを避けて歩いた。やっと藪がうるさくなくなって踏跡を歩き、車止めのちょっと上部に出た。もくろみ通りの結果で、車まで僅かで到着した。

 結局、天気は1日持ち雨に降られなかったのは幸運だった。近くでは駒ヶ根高原に温泉があるが逆方向になるのでいつもの高遠温泉桜の湯まで我慢し、汗を洗い流して翌日の奥秩父目指して走った。


5:25車止め−6:05工事現場−6:15カモシカを見る−6:31宮田高原−6:35キャンプ場−6:7車止め−6:47オッ越−6:51カモシカを見る−6:57林道−7:37雨量観測テレメータ−7:49伊勢滝−7:52林道終点(廃林道)−7:58登山道(休憩)−8:08出発−8:12カモシカを見る−8:18うどん坂分岐−8:25沢を渡り終わる−8:47うどんや峠−9:08黒川山着−9:43黒川山発−9:50東ピーク−10:26 2150mピーク−10:34烏帽子山着−11:31烏帽子山発−11:40 2150mピーク−12:03笹が終わる−12:12黒川山東ピーク−12:16黒川山−12:41沢に出る−12:43 1つ目の沢を渡る−12:45 2つ目の沢を渡る−12:47廃林道−12:50林道終点−12:52伊勢滝−13:00雨量テレメータ−13:33宮田高原分岐−13:43オッ越−13:52車止め−13:53宮田高原キャンプ場(休憩)−14:03出発−14:25車道から外れる−14:32三十三観音−14:35道から外れる−14:40踏跡発見−14:53林道−14:54車止め

 

黒川山、烏帽子山 写真集

 

山域別2000m峰リストに戻る

 

ホームページトップに戻る