南ア北部 甲斐駒西尾根 三ツ頭、烏帽子岳 2003年6月22日
甲斐駒から西に延びる稜線上にある山では鋸岳が有名だが他にも名前が付いたピークがある。三ッ頭と烏帽子岳である。三ッ頭という名前のピークは八ヶ岳南部にもあり、そちらの方が有名だろう。烏帽子岳はそれこそ全国津々浦々に点在し、甲斐駒にもあると知っている人は少ないだろう。でも小淵沢あたりから見ると烏帽子のように尖って見え、名前の妥当性を納得できるのだった。
この2つを登るには戸台川を遡って6合目に登って熊ノ穴沢から下る方法と、北沢峠まで行って甲斐駒に登ってから下る方法があるが、登りの標高差では北沢峠発の方が有利であろう。後藤さんと仙丈ヶ岳に登った翌日に登ることにした。
ウトウトしつつAM3時行動開始、飯を食ってテントを畳み、当初の計画を変更して朝の内に北沢峠に全荷物を上げておくことに。天気予報は下り坂だったが、早朝の時点では薄い雲が出ているだけでほぼ快晴だった。4時半前に出て峠は4時半、私は後藤さんが使う無線機材と三ツ頭への縦走装備を担いで出発、後藤さんはほぼ空身で二児山までだ。
もうみんな出かけたのかどこまで歩いても人を見かけなかった。たぶん小屋出発は薄明るくなる4時が一般的だろうから、私の足なら30分のビハインドは二児山までに取り返せるはずだが、双児山山頂は無人だったし駒津峰まで人はいなかった。
双児山まで深いシラビソ樹林が続き見晴らしはないが、双児山山頂で視界が開ける。昨日の仙丈ヶ岳が近い。後藤さんの荷物をデポするとザックの重さは半分以下になり足取りが軽い。もう甲斐駒の半分以上を登り、残り少ないので気も楽だ。森林限界ギリギリの山頂を下るとすぐに樹林に戻り、最低鞍部から駒津峰の登りにかかると再び森林限界を抜け出す。ハイマツの広がる展望の斜面をグングン登りきると甲斐駒がドーンと目の前に姿を現す。ここまで来ると山頂付近の花崗岩部分だけが見えるので迫力のある姿だ。
駒津峰では男性1人が朝飯を食っているだけ。写真のみ撮影して先を急ぐ。鞍部から先はハイマツも消え失せ、花崗岩の巨石が積み重なった地帯になり、甲斐駒の雰囲気がいっぱいだ。摩利支天経由の道をとらずに直登コースに入る、といっても倒れた標識から先のルートは不明瞭で、花崗岩の間を適当に登っていく。岩の上だが一応踏み跡の雰囲気は感じられ、途中で正規ルートに入り、その後はそれを辿った。砂で足場の悪いところもあるが問題なく、最後の突き上げで待望の山頂だった。昨日同様峠から2時間半だった。
甲斐駒はこれで2度目だが、前回は暴風にガスで何も見えなかったし、テントの骨が折れるのではというほどの風だったのが、今回は薄曇りながら無風で展望も申し分ない。昨日同様空気の透明度は悪く遠くまで見えないが、塩見までは見えた。北岳は昨日よりもぐんと鋭くなり引き締まった男性的な姿になっていた。それに対し仙丈ヶ岳のおおらかさは女性的と呼ばれるのにふさわしい。これから歩く西への稜線は遙かに遠く低く見える。
山頂は巨岩が点在していたのは覚えていたが祠があったのは記憶になかった。その祠の屋根の上にDPを置いてピコ6でワッチ開始、本日もJN3XYX/3香芝市を捕まえた。JP2NJS/2三重郡釈迦ヶ岳の運用にも間に合った。QSO中に奥積さんも出てきてラウンドQSOだ。これで無線の目的は達成、甲斐駒は出なくてもよかったが、やっぱ仲間とQSOできるのだったら出ない手はなく、つながったのでうれしかった。後藤さんもようやく到着のようでお声がかかった。俺が甲斐駒に到着するのと後藤さんが二児山に到着するのとほぼ同時というのもなんだかなぁ。
出発前に大学生風4人の男女が上がってきて写真を撮るというのでシャッターを押した。一人はデジカメ、一人はレンズ付きフィルム。やっぱデジカメの方がいいぞ。私が鋸岳方面に歩き出したのを見て何やら話しているので、鋸岳までは行かないが、途中の三ツ頭と烏帽子岳が目標と教えたが、そのピークがどこにあるのを知っているかなぁ。
県境尾根の道はさすがにグレードが落ち、どこでも歩ける岩と砂地の尾根だからかえってルートがわかりにくい。間違えると岩で行き止まりとかもあるので慎重にルートファインディングした。どうやらつい最近先行者が歩いたようで、私と同じ方向の足跡が1人あった。ちょっとだけ心配だった「針金」の地点は、数本の針金とロープがかかった傾斜のきつい花崗岩だったが、これらを支点にすれば難なく下れた。もしかしたらロープ無しでも突破できるかもしれないな。
針金の後は難所はなく、砂地で開けて何本か石碑が建っている場所を少し下って6合目到着。ここから尾根づたいに戸台川に下る道があることを確認、石室はただの傾いた石で、雨風をしのげそうにないのにはがっかりだ。さっきの砂原がテントにええかな。ここからは北側を巻いたり尾根に上がったりしながら鞍部に下り、崖っぷちを歩いたりして三ツ頭に向けて高度を上げる。北側の巻道に入ると風が遮られ、虫がいっぱいいて不快だ。登り切ると木の柱が立った三ツ頭山頂。南側の展望がよい。烏帽子岳は木の間から僅かに見えるが、この位置からだと烏帽子の名前に恥じない格好に見える。
烏帽子へ行く前にここで無線をやってしまおう。ワッチすると6,8エリアが強力に開け、私の相手をしてくれそうな人はほとんどいない。奈良の移動もあまり聞こえず、JJ2GAZ/3奈良市だけを確保した。あ、JH3FYC/3舞鶴市もいたな。430では金峰山移動局がCQを出したのでQSOした。このバンドのオープンではCQを出す隙間がないのでCQは出さずワッチだけで終わった。おっと、JR1IQL/1東山梨郡大和村が強力だったが6エリアからの猛パイルで声をかけられなかった。
烏帽子岳への分岐はすぐに分かり、踏み跡もあった。テントが張れそうな広場から先が尾根で、踏み跡はあるが徐々に藪が深くなってきた。石楠花、ハイマツが両側からはみ出し、場所によっては道よりも藪の薄いところを歩いた方がマシな部分さえある。半ズボンで歩いたので足が傷だらけになってしまった。ここをJA1JCA武内さんも歩いたのだなぁ、しかも大岩山からハイマツの海を越えて。最後は花崗岩の巨岩を越えると花崗岩の重なった山頂だった。甲斐駒は遙か高く、よくもまあ歩いて
きたなぁと感じる。
木がないのでDPは花崗岩の岩に置いただけの地上高0mH。でもちゃんとQSOできるんだなぁ、これが。Eスポも収束したようで浅野さんは空振りCQを出しているので安心してコール、湯ノ沢峠に行く途中の林道脇で運用中とのこと。またまたラグっている最中に奥積さんに捕獲された。これで今日の無線はおしまい、最後も奥積さんとQSOできたので全てよし。たぶんもう2度と烏帽子岳から6mの電波が出ることはないでしょう。
県境稜線に戻り、いよいよ心配の種、中の川乗越へと向かう。ピークを一つ越えるが、エアリアマップでは北を巻くように書かれているがちゃんとピークを通ったぞ。鞍部への下りは北側を巻気味。稜線の南半分は大崩壊現場だ。中の川乗越は一面の赤茶けた落石に覆われた河原のような場所だった。期待に反して標識等はいっさい無く、目印も無い。当然誰もいないだろうと思っていたら2人休んでいる人がいるではないか。これにはお互い驚いた。その人たちは戸台口のゲートに車を置いてここまで上がり、これから鋸岳を越えて角兵衛沢を下って強行日帰りとのこと。おお、俺みたいに無茶なこと考える連中だから、かなりの経験者だな。一応ザイル持参とのことで、しかもインターネットで事前調査もバッチリだった。南アルプス林道の山梨側崩壊も市役所のHPで写真を見たというのまで同じだった。10分くらいしゃべって分かれ、いよいよ下りだ。この人達が上がってきたのだから下れないことはないのがわかってすっかり安心できた。
鞍部から沢を見下ろすと傾斜はあるが不安になるような急角度ではなく、落石も砂利ではなくそれなりの大きさがあって足場が安定し、歩行には問題なかった。もちろん浮き石もあるので注意は必要だが。下手に落石を起こすと下に人がいたらヤバいかもしれない。目印は無く、河原みたいな所だからどこでも好き勝手に歩けるので適当に下った。途中から踏み跡が出たり消えたりしながら樹林帯にはいるとやっと道らしくなる。忘れた頃に案内標識がでてきたり。最近は整備していないらしい。でも谷を歩いていればいつかは鞍部に出るから問題なし。
適当に歩いたら本来のコースから外れた場所に出たらしく、戸台川に出たのはいいがその沢への入口の目印はなかった。もう少し下流側のような気が。暑いのでここで水浴び。頭まで洗ってしまった。残った昼飯を喰ってラストスパートだ。その前にこの沢を渡らなければならない。地図では左岸にルートがあることになっているから。しかし近くに橋はなく、渡渉しかなさそうだ。上流の方が幅が狭かろうとそっちに向かったが決定的に簡単に渡れそうな場所はなく、石二つを飛べば渡れそうな場所に出たのでそこで渡ることに。ちゃんと石の上が乾いて滑らないところもチェック済み。しかし2個目の石で思い切り滑って沢に落ち下半身はびしょ濡れになってしまった。長い登山生活でも渡渉に失敗したのはこれが初めてだった。まあ、雨に降られてびしょ濡れになってもいいような格好をしているので沢を泳いでも問題ないのだが。かえって涼しくなった。上半身はタオルで汗を荒い流せたが、さすがに素っ裸になって水浴びしなかったから、これで全身水浴びできた。
ザックやポーチに被害はなくて良かった。手帳なんか濡れると被害甚大だし。あとは車道跡を延々と歩くだけ。大雨で車道は寸断されて半分以上は消失していた。水が伏流水となってだだっ広い河原になった場所で右岸に移り、堰堤を越えて再び車道。この先も長かった。発電用取水堰までは車で入れるようだが、ゲートの鍵がないと入れない。それより奥は崩壊で走行不能。ようやくゲートに到着、リグからは後藤さんの声が。場所を説明して迎えを手配、その間に河原に降りてびしょ濡れの靴下と靴を洗っておく。広い駐車場と登山案内所?の建物があるが今は無人で軒下で休んだ。後藤さんは苦労しながらようやく到着。どこか温泉にでも入っていこうかと思ったが、私の方は川に落ちたおかげでシャワーを浴びたのも同然だったので帰り時間を優先してそのまま東京に向かった。案の定小仏トンネル先頭の渋滞でひっかかり、PM7時過ぎに帰り着いた。