藪山入門(残雪期を除く) 2006年7月14日作成 2006年7月17日改訂
目次
このホームページでは登山道がない山の登山記録が多数ありますが、見てくれる人も登山道がない山を登る人が大半でしょう、たぶん。でも中には登山道がある山しか登ったことがない人がいるかもしれません。ここではそんな藪山初心者のために、藪山に挑戦するための予備知識について述べます。個人的な体験を元に書いていますので、他の人には当てはまらない部分もあるかもしれませんので、この記事は参考程度にして各自に適した藪山登山のスタイルを見つけて下さい。ただし、私の場合はほとんど単独行なので、ここでも単独行を前提にしています。
1.藪山とはどんな山なのか?
一般的には登山道が無い山を「藪山」と呼ぶようです。ただし、現実は「道がない=藪がある」というわけではなく、道はないけど藪もない山も多いのです。ですから藪山の技術は藪を漕ぐ技術ではなく、道がない場所で正しいルートを辿る技術といっていいでしょう。一般的な山岳用語では「ルートファインディング」=ルート探しの技術です。道がない=どこでも歩ける状態=どこを歩いたらいいのかわからない状態だと、現在位置とこれから進むべきルートが分かっていないと山中で迷ってしまいます。どこでも歩ける、またはどこを歩いても大差なしというのは、大変迷いやすい状況なのです。道迷いで遭難する場合、ほとんどこの状況でしょう。周囲が濃い藪で登山道以外は進入不可能なので道に迷うことはありませんから。藪山の場合、逆にどこも藪でどこを歩いても大差なしってこともありますが。
藪山と言われる山でもよほど人里離れた山奥でない限りは全く道がない山は少なく、正式な登山道は無いけど踏跡程度はあるというのが普通です。ここで述べるのはとんでもない激藪の山ではなく、一般的な藪山の話です。激藪の場合はよほどの根性の持ち主以外は残雪期しか登るチャンスはありませんが、残雪期の登山は藪山とは異なる技術が必要であり、藪と違って雪崩や滑落の危険がつきまとい、無雪期と違って危険度はかなり高くなり、それなりの技術を身につけないとヤバいです。私のレベルは自己流で、一般的な雪上技術は持っていませんのでここでは扱いません。
2.藪山に必要なアイテム
2.5万図
当たり前。5万図でも大丈夫な場合もありますが、細かい地形が読めないのでぜひ2.5万図を準備したいところです。何年も藪山に挑戦して枚数が多くなると地図代も馬鹿になりません。今ではネットでダウンロードできるので情報としては限りなくタダに近いのですが、実際に現場で藪漕ぎする時では紙に印刷された物でなくては役立たず、しかもできるだけ広範囲が一度に見えるほど読図がしやすくなります。少なくとも一般のプリンタが対応するA4サイズでは実用的ではありません。何枚かに分けて印刷し張り合わせるというのも手段ですが、そこまで手間をかけるなら買った方が早いかも。どうしても時間が間に合わないときの緊急手段でしょう。プリントアウトしたものは擦れるとすぐに絵が掠れてしまいますし、最大の欠点は雨や霧で濡れるとガビガビになってしまうこと。その点、地形図の紙は上等で濡れても大丈夫です。紙幣並の高品質か。
方位磁石
2.5万図の次に重要なアイテム。これがないと方位がわかりません。ただし読図ができないと半分意味がありませんが。藪漕ぎでは紛失する恐れがあるので予備があるといいです。富士山麓の樹海中で無くしたときははっきりいって焦った・・・。太陽が見えていなかったらアウトだったかも。ちなみに富士の樹海中でも一部の寄生火山山頂以外では方位磁石は問題なく使えましたので、青木ヶ原では磁性溶岩で方位磁石が使えないとの噂は嘘のようです。
高度計
無くてもどうにかなりますが、あるととても便利です。登り一本調子の尾根なら高度が分かれば現在位置が分かります。腕時計と兼用なので荷物になりません。でも最近のは高いんだよなぁ。ハンディーGPSの方が安かったりします。でもGPSでは正確な高度が計測できない樹林帯でも使えるのはとっても便利です。高くても買って下さい。CASIOのプロトレックシリーズや海外メーカのSUNTOが有名どころかな。
ハンディーGPS
万能ではないが道迷いによる遭難防止の最終手段。必需品ではないが読図難易度の高い藪山ほど利用価値は大。でも結局は読図能力が無いと使いこなせませんし(地図表示機能付き機種なら使えるかもしれないが)、樹林で頭上を覆われた藪山では電波が受信できないことも多く、常時使えるわけではありません。それでも制約条件を理解した上で使用する分には便利な物で、山ラン上位ランカーはほぼ全員が愛用しています。本格的に藪山をやるならば持っていて損はありません。一度使うと病みつきになること請け合いです。機種によっては方位磁石機能付きもあり、ナビゲーションにはとても便利です。
藪山の場合、登山道と違って体に触れる藪がある場合が多くひっかき傷ができやすいので、腕や足が露出しない服装が必要です。私は真冬以外は年中Tシャツで、6月以降はほとんど半ズボンで登っているので、藪山で長袖長ズボンはかなり暑く感じ汗だくになるので、藪山に登るのは涼しくなる10月以降がメインです。しかも実際には長袖の替わりにTシャツ+腕カバーを使用しています。これは激藪だと腕カバーが藪に引っかかってずれてしまうので多少傷ができますが、まずまず実用的です。長ズボンの替わりに半ズボン+ロングスパッツという場合もありますが、膝周辺が露出してしまい毎回傷だらけですのであまりお勧めできません。ジャージがいいでしょう。でも、藪漕ぎに使用すると数年でボロボロになります。
濡れた藪を漕ぐにはゴアが必要ですが、ゴアを着て藪漕ぎするとゴア(正確には表面の布地や、布とゴアの接着部分)が相当劣化しますのであまりお勧めできません。既にボロくなって引退前のゴアを使いましょう。間違っても新品は使わないように。枝が刺さって穴が開いたり、かぎ裂きができたりもしますし、藪と擦れるので撥水性は1発で無くなります。ゴアの雨具どころか布製の登山靴だと靴にかぎ裂きができることさえあります。これは藪ではなく藪に隠れた足下の倒木の影響がでかいですが。その意味では皮の軽登山靴の方がいいかも。
藪をくぐり抜ける際に襟元から枯葉等が背中に入るので、首にはタオルを巻くのが効果的。でも藪でタオルを奪われないように注意が必要です。
なお、激藪になるとあちこちに落ち葉、枯れ枝が付着しますので着替えの際にゴミを払い落としましょう。帰りがけに温泉に入って頭を洗っていたら髪の毛から枯れ枝が出てきたことが何度もあります(^_^;) 枯れ枝を頭に差したまま人前を歩いていたとは我ながら恥ずかしい・・・・。
根性があればいつでも登れますが、一般的な適期は藪が冬枯れを迎える晩秋から初春にかけてで、最も適した時期は秋から雪が降る直前、紅葉が終わった頃です。夏で藪に勢いがある時期は藪に絡め取られますが、草が枯れたり葉が落ちれば藪も薄くなりますし見通しが利いてルート探索しやすくなります(ただし落ち葉で踏跡が隠されることも)。それに涼しくて汗をかかずに体力消耗が少なくて済みます。春先だと標高や地域によってはまだ雪があってそれなりの経験がないと危険な場合もありますが、雪が来る前なら大丈夫。雪国以外で2000m以下なら12月くらいまでどうにかなることが多いです。雪国以外の山の場合、下界での雨が雪になることが多いので、晩秋の雨量が少ない年なら年末くらいまで2000m級でも雪がないこともあります。いつだったか、年末年始を関西の低山巡りで過ごして年明けに中央道経由で帰ったとき、飯田で南ア南部3000m峰が正面に見えるのですが、ほとんど雪が無くて真っ黒だったことがありました。こんな年なら年末年始でもまだアルプス級の藪漕ぎができます。
私の場合は10月から12月がアルプス級の藪山に挑戦する時期で、距離が長くテントを担いでの山行も多くなります。中低山ならまだいいのですが、2000mを越えると朝晩の冷え込みはかなりのもので、11月の2000m前後でも-7度くらいになることも。もちろん、天候が崩れれば雪になってしまうので天気がいい日を狙います。それでも防寒具は真冬装備が必要で重くなります。逆に、気温が低くて発汗が少ないため水の消費量はかなり少なくなり、水場がないルートでも担ぐ水の量は減らせるメリットがあります。ちなみに雪が降る前の晩秋が沢の水量が最も減る時期で、渡渉が必要なルートの場合は1年の内で一番沢を渡りやすくなります。でも沢の源頭で水を得ようとしてもなかなか水が出ていなくて、夏よりもっと下らないと水が得られないことも。
なお、藪+半端な積雪は最悪の組み合わせで、藪の上に雪が乗って踏跡はかき消され、藪の重さもかなりなものになります。以前、奥多摩のウトウノ頭に登ったときは天気が予報より悪く、歩いている最中に雪が降り始めて斜面はラッセル状態になるし、笹の上に乗った重い雪で笹を押し分けるのにえらい力が必要になるし、下りだったので途中でルートをミスって猛烈な笹藪に突っ込んで、あまりに疲れて疲労凍死するかと思いました。どうにか強引に藪を下って水源巡視路に出られて命拾いしましたが、これまでの山行の中では一番ヤバかった場面でした。
ついでに、雪が積もっていると枝の上に雪が乗って藪に突っ込むと頭から雪をかぶることも多く、雪をたたき落としながら進むためいつもより速度が落ちます。どうせ雪がある時期に登るのだったら藪が雪に埋もれるくらい積もり、締まって歩きやすくなる残雪期がいいでしょう。ただ、藪が埋もれるくらいの降雪量が無いところは無理な話で、そんな場所では半端な雪で苦労するだけなので、無雪期に藪を漕いで登りましょう。標高の高い場所や豪雪地帯なら数mの積雪が期待できますので藪は埋もれて残雪期は快適に登れるでしょう。でも、滑落の危険がありますので、それなりに雪山の技術を習得してから挑戦です。一通りの藪山を体験し、相当ひどい藪に挑戦する場合は残雪を利用しないと実質上不可能なことも多く(時間、体力、気力があればどうにかなるかもしれないが)、藪山を極めようとすれば最後は雪山になってしまいます。
なお、以上の話はそれなりに標高が高い山でしたが、数100mの道がない低山でしたら冬がいいです。関東でしたら冬でもほとんど雪はなく、落葉して視界もそれなりに開けて日溜まりハイクが楽しめます。どうせ高い山は雪に閉ざされて行けないし。冬の間に小さな山で藪の練習をしてその後に備えるのはいいことです。私の場合は冬は低山で藪漕ぎ、春は残雪の山、6月から秋までは暑くて藪漕ぎする気にはなれないので2000m以上の涼しくて道がある山でマッタリ。秋から活動再開です。
5.情報収集
現代社会ではインターネットが普及し、インフラの一部となっている感がありますが、登山でもこれを利用しない手はありません。ネットでは地元自治体や警察、観光協会、山岳関係団体、山小屋等が開設したホームページがたくさんあり、最新情報が得られます。ただし、一般的に登られないマイナーな藪山の情報はこういった場所では扱っていないことがほとんどです。そのような山で役立つのが個人で開設したホームページで、それこそ何1000という数え切れないほどのホームページが存在します。地元の山(大体は都道府県単位)を中心に登っている人も多く、そんなページでは登山道がない山に関する記録も見受けられますのでとても参考になります。今の検索エンジン(yahooやgoogle等)はお利口さんで、山名+主要な地名で検索すればいろいろと情報が出てくると思います。山名だけでは同じ名前の山がたくさんあったりすると目的外の山の記事がほとんどだったりしますので、登山口の地名や山域名等、おまけの語句を付け加えて検索しましょう。城山とか丸山などは全国各地にあるので、山名だけで検索をかけるとたぶん数万件はヒットすると思います。
なお、よほどマイナーな山になるとネットで探しても登山記録が見つからない場合もあります。私はそのような山を「武内級」と呼んでいます。山ランでも武内さんしか登っていないろくでもない山くらいしかネットで見つからない山なんてないことからそう名付けました。こういう山で頼りになる唯一の情報源は2.5万図で、地図を見て自分なりのルートを考えるしかありません。地形図には植生も書かれていますが、これは上空から見える植生であって樹林の下に何があるのかまでは分かりません。一番欲しい情報は藪の状態なのですがねぇ。
6.地域の植生を覚えよう
道がない山に登る時に最も問題になるのは藪の程度ですが、藪は地域、標高によって大体の傾向があります。一般的な傾向としては積雪が多い場所は笹が出てきやすいです。例えば豪雪地帯の上越国境はほとんど笹ですし、雪が少ない南アルプスではほとんど笹はお目にかかりません。山域によっても植生はまちまちで、中央アルプスは麓の広葉樹林が終わると笹混じりのシラビソ樹林のパターンが多く、八ヶ岳では笹は無く下草のない苔むしたシラビソ樹林となり、道がない場所でも割と自由に歩けます。奥秩父は麓の広葉樹林が終わると八ヶ岳同様に下草のないシラビソ樹林が始まりますが、そのうちに恐怖の石楠花が繁茂してきます。北アルプスの藪山はほとんど残雪期しか登っていないので植生は分かりませんが、おそらくは笹が主体でしょう。標高が上がって森林限界を超えてしまえば藪は無くなりますが、森林限界直下付近がイヤらしく、横枝が地面付近まで張り出したシラビソや立ったハイマツのお出ましです。雪のため森林限界が低い場所だとこれに石楠花や笹もミックスされます。
豪雪地帯を除く関東甲信、中部地方では、標高千数百mまではブナ科の樹木を主体とした落葉広葉樹林で登山道が無くても藪もなく割と自由に歩けることが多いです。雪が多い場所になるほど低い標高から笹が現れて藪漕ぎが厳しくなります。どのくらいの標高で笹が出てくるかはその山域に何度か通えば大体把握できると思いますが、笹の有無で使う体力に大きな差が出るので、植生を推定できるのとできないのとでは計画立案時に実現可能な計画となるかの分かれ目です。
藪の状態は藪山に登らなくても登山道がある山で分かりますので(登山道以外は藪だから)、藪山に入る前にまずは登山道のある山に登って藪の状態を確認するのはとても有効な手段です。何度か通ううちにどの程度の標高までならどんな植生か把握できるでしょう。大半の山で登場する藪は笹です。どのくらいの標高から笹が出てくるのか予測がつくと完璧です。
7.藪山の基本は尾根歩き
登山道がない山の場合、基本的には尾根を歩きます。尾根を歩かないと山頂に到着できないわけではありませんが、藪の状態や傾斜は尾根の方が登りやすいことが多いです。特に藪が濃いときには尾根と沢以外は猛烈な藪で前に進むのも困難なことが多いです。それに尾根だったら取り付き点さえきちんと把握しておけばその後は地形図と高度計で場所特定できるので、読図が楽になります。逆に斜面では今どこにいるのか読図はほとんど不可能で、それこそGPSしか頼りにできません。また、踏跡や獣道も普通は尾根上にありますのでそれらを利用できる可能性も高まります。ですから藪山に登る際は、まずどの尾根を利用するかを決めましょう。小さな山なら現地に行って車でぐるっと周囲を回って踏跡がある尾根を探すのも手です。
尾根の選び方
どの尾根を登るかで藪の状態や地形の険しさは変わり、登山の成功確率も変わります。ここではどういった尾根を選んだらいいか考えてみました、というか、私の選ぶ基準です。
(1) 安全そうな尾根
これが第1。とんでもない傾斜の尾根やゲジゲジマークに囲まれた尾根は敬遠します。特に尾根の途中で崖マークが出てくる場合、突破できずに撤退の危険性もあります。うまくいけば岩の基部を巻いて上部に出ることが可能かもしれませんが、かなりの大迂回になって藪漕ぎが強烈なこともありますので、よほどの理由がない限りはヤバい尾根は避けましょう。
(2) 車道で一番高いところまで行ける尾根
安全の次の優先事項はこれ。車でできるだけ標高を稼いで楽ができる場所を選びます。どこの尾根でも同じような藪だった場合、足で稼ぐ必要がある標高差が少なければ少ないほど楽できますから。登山道があって登山口がかなり低い場所にあるけど林道で高いところまで入れる場所の場合、多少の藪漕ぎ覚悟で林道から登山道にショートカットすることもあります。
(3) アップダウンが少ない尾根、距離が短い尾根を選ぶ
無駄な労力を使わなくて済むから。特に下山時に登りがあると体力よりも精神的に疲労します。可能な限り登り一辺倒の尾根を選びましょう。下りが楽になります。距離は短いほど楽できますが、逆に傾斜がきつくなりすぎないよう要注意。
(4) 北斜面を狙う
どの尾根を登るのか決定的な理由が見当たらない場合は、北斜面の尾根をお勧めします。これは日当たりが悪くて藪の密度が低いことがあるからです。北向きの尾根なら絶対に藪が薄いわけではありませんが、確率的には南向きの尾根よりはマシです。南向きの尾根が絶対ダメかというとそのようなことはありません。
可能な限り尾根を外さないよう尾根直上を登っていきます。藪が濃くてまっすぐ行けない場合は迂回せざるを得ませんが、あまり大きく迂回すると元に戻ったと思ったら枝尾根に入っていたなんてことがあるので要注意。ただ、危険な地形の場合は無理をしないで迂回しましょう。その場合は迂回が終わってら正しい尾根に戻ったかどうかをよく確認しましょう。これがなかなか難しいのですが・・・。ま、登りだったら枝尾根に入っても登っていれば目的の尾根に合流するので大勢に影響はありませんので、そんなに気にする必要はないか。ただし下りではとても大きな問題になりますので細心の注意が必要です。後述しますが、同じコースを下る予定の場合は目印を付けながら登るのが有効で、下りで迷う確率をかなり減らせます。
9.踏跡を嗅ぎ分ける
正式な登山道や、地形図に出ていなけど地元の人が利用する登山道が無くても、踏跡や獣道がある山も結構あります。踏跡は強い味方で周囲より藪が薄くて歩きやすいですし、帰りのルートのいい目印になります。しかもほとんどの踏跡は尾根に存在しますので、尾根をルートに選んでいれば偶然踏跡がある尾根に当たることもあるでしょう。獣道も尾根上に見られ、倒木や偽ピークを巻いたりと意外に合理的に付けられたりしてます。ただし、登山道ではないのであまりはっきりせず途切れ途切れで、ところにより消失することもしばしばです。また、こちらが意図した場所へと導いてくれるとは限らないので読図しながら歩き、もし獣道が尾根を外れたら藪漕ぎでも尾根を歩きましょう。鹿が付けた道は縦横無尽に走っているのが常なので、尾根に乗っている道を適当につなげます。笹が深いと獣道も埋もれて見えないことがありますが、足下には空間が開いていて笹の抵抗が減るので分かります。手探りではなく足探り。ついでですが、登山道ではありませんが、アルプスクラスの山になると冬専用ルートが存在し、雪が少ないときにも歩かれるためか無雪期でも結構な踏跡がある場合があります。ネットで調べてたくさん記録が発見できる冬ルートは、手慣れた人なら無雪期に行ける可能性が大です。
微かな踏跡を辿るコツがあるのか分かりませんが、道がない藪山を歩いているといつの間にか一般登山者よりもルートを見分ける力が付いてくるのは確実です。これは夜間登山等視界が無い時に登ると顕著に分かります。畑薙ダムから林道を遡って所ノ沢から笊ヶ岳へ登った時は夜間登山でしたが、最初の沢の横断でちょっと迷ったものの無事に幕営地点にたどり着きました。翌日、下山時に登ってくる人とすれ違いましたが、昼間でも迷ったのにと驚かれてしまいました。ブナクラ谷から毛勝三山に登ったときは真っ暗な早朝に登り初めましたが、先行者がダムを越えてすぐの沢から先のルートが分からずウロウロしていたので私が周囲を探って支流を少し遡って沢の対岸に道があるのを発見し、その後も私が先行して明るくなるまで1時間ほど歩きましたが、その男性に驚かれてしまいました。河原の中は踏跡が残りにくくルートを探すのは難しいのですが、目印等を良く探せば何となく分かります。
結局は現場で経験を積んで鍛えるしかなさそうです。普通の山行では効果のほどは自覚できませんが、上記のように悪条件下で一般登山者と一緒に歩いていると効果が自覚できます。
最後に、”微かな踏跡を辿る能力”と”正しいルートを辿る能力”は違います。踏跡が目的地に導いてくれるとは限らないことは常に肝に銘じ、読図しながら正しい尾根を選択することをお忘れなく。踏跡がこちらの目的地に向かっている保証は全く無いのですから。
10.下山が最大の難関だ
藪山の経験がない人には分からないと思いますが、道がない山の場合は山頂に向けて登るよりも下山する方が難易度は格段に高くなります。というのは、山頂に行くにはどんなルートを通っても高いところを目指せば最後は山頂に地形が収束するので、ちょっとくらい目的の尾根を外れても崖等の通過不能地形さえ出てこなければ山頂に到着できます。しかし下山は事情が異なり、重力の助けが得られて体重をかけて藪を押し分けられるので藪漕ぎはえらく楽なのですが、尾根は下るに従ってどんどん分岐、発散していくので、山の周囲に広がる360度の麓のうち目的の1カ所にたどり着くには正しい尾根を正確に辿ることが必要です。かなり麓に近づいて最後の最後で尾根を間違えたくらいなら目的地と僅かな距離しか離れずに済むので大事に至らないことも多いですが、最初の方で間違えると10km以上離れた場所に降ろされることも考えられますし、降りた先は渡渉不可能な川が待ちかまえているかもしれません。下りでのルートミスは致命傷になり得ます。実際に道迷いで遭難するのは下りの方がずっと多く、山深い場合はそのまま行方不明というパターンも。現実に前夜聖平で同宿した男性が、翌日、私が聖岳東尾根を下った直後に同じコース上で行方不明というショッキングな体験もしています。
登りは何も考えずに高い方を目指せば良く、しかも尾根は合流する一方なのでルートに迷うことはまずありませんが、下りでは尾根は分岐する一方なので藪山のベテランでもかなり迷います。しかも主尾根がずっと太いままではなく、途中で枝尾根のように屈曲し、直進した太い尾根が枝尾根でやがて谷に消えてしまうパターンも良くあり、太い尾根をまっすぐ歩けばいいわけではありません。小さい山ならともかく、大きな山だと地形図による読図力が必須で、熟達者でも間違えはよくあります。登りでは全く気にならなかった場所に尾根分岐があって迷ったり、ちょっとした肩の部分で迷うことが多く、こればかりは地形が小さすぎてかなり読図できても判断に迷ってしまいます。
そこで古典的な手段ですが、登りで目印を付けていくのが非常に有効な手段です。目印が付いている=登りに通過した場所なので、目印を追っていけば必ず出発地点に戻れるわけです。藪山では誰かが付けた目印の赤テープを良く目にしますが、これもそんな理由です。目印はできれば目に入る範囲内に最低1つは見えるくらいの頻度で付ければ迷うことはありませんが、目印取り付けにかかる時間も馬鹿にならないので、地形がはっきりして目印の必要性が無いところはほとんど付けずに、下山時に迷いやすい地形のところだけ濃密に付けるのが効率的です。藪山を登り初めてしばらくは下りで迷いやすい場所がどんなところなのか分からないと思いますが、何度か痛い思いをすれば体が覚えるでしょう。登りでは全く気づかなかった分岐やちょっとした傾斜のゆるみで迷うことがほとんどなので、登っているときでもたまに後ろを振り返って小さな分岐や小さな肩がないか良くチェックすることが肝心です。ま、そういう場所では目印を付けても迷うこともよくあるのでやっぱ下りは難しいんです。雪がある場合は自分の足跡が残るので手間がかからなくていいです。
下山で迷ったら、よく言われるようにここまでは正しいルートだと確信できるところまで戻ることが重要です。私も迷った場合はそうしていますが、誤ったルートに引き込まれた分岐点まで戻ってよく周囲を見ると正しいルートも同じ程度のはっきりした尾根として見えていることが多く、意外にあっさりと間違いを正せることが多いです、というか、そこまで戻って正しいルートを見つけられなかったことは今までありません。ガスや濃密な藪で視界が得られない場合はその保証はしかねますが、こんな場面で自分の付けた目印が出てくればもう安心。やっぱ目印は重要です。
目印の材質としては赤いビニールテープが最も一般的で、ついで赤い荷造りひもでしょうか。ただ、目印とは自分の下山用に付けるものであって、他人が付けた物は基本的にはどこに導くか分からないので(だから100%信用しない方がいい)、できれば自分で付けた目印は回収すべきでしょう。もしくは自然消滅する素材を使用し、最終的には土に帰るようにするのが今時の時代にはふさわしいでしょう。そんな物としてトイレットペーパーがお勧めで、価格は安いですし何度か雨が降れば融けて無くなってしまいます(鳥の糞のように白い固まりになる)。粘着力はないので枝等に結びつける必要があり取り付けに手間がかかる欠点はありますが、間違った妙なルートに目印を付けてしまっても後顧の憂いが無いのは大きな利点です。彼の武内さん発案の由緒ある手法です。
最近はGPSという最新兵器が登場し、目印よりは確度が落ちますがGPSで補足して目印の数を減らすことも可能になりました。GPSは自分が歩いた軌跡を記憶しているので、帰りはその軌跡に重なるように歩けばいいのです。ただし、樹林帯ではGPS衛星の電波が葉っぱで減衰して受信できないことも多く、軌跡が残っていないことも珍しいことではありませんので信頼性が高いとは言えません。最後は読図力と目印が頼りです。
以上のように道無き下りは正しい尾根を正確にトレースするのは非常に難易度が高く(太くて単純な尾根なら簡単ですが)、山深くルートをミスったら命にかかわりそうな山の場合は同じ尾根を往復した方が自分の目印が使えるので無難です。山のおもしろさを満喫する意味では登りと下りで別の尾根を使って周遊するのがベストですが、下りで尾根を間違えた時の危険度をその都度考えてルートを決めて下さい。例えば山肌を延々と巻いて林道が造成され、尾根を間違えたとしても必ずどこかで林道とぶつかるような場合ならさほど大きな問題にはなりませんね。
同様の理由で、山頂まで登山道があるが、道がない別の尾根を歩いてみたいという場合は、登りに道のない尾根を使って下りで登山道を使う方が道迷いの確率を大幅に減らせます。ただし、藪漕ぎがある場合は登りの藪漕ぎなので結構きついかも。この辺は各自の能力とご相談して下さい。
11.禁止事項
沢歩き
沢は水が流れているので樹木は生えず、激藪の中でも沢筋だけは藪がないのが一般的で、その性質を利用して沢を遡上して山頂を目指す「沢登り」のスタイルもあるくらいですが、沢に付き物なのが滝。地図に滝マークが出ていなくても小さな滝はほとんどどこの沢にもあります(小さい山は別だが)。滝は一般的には上り下りは不可能で左右どちらかを巻かなければなりませんが、当然周囲には道はありませんし藪はあるだろうし滝周辺は傾斜がきつくて巻くのも危険が伴います。もし落ちたらタダでは済みません。また、濡れた石は滑りやすく、苔が付着しているともっと滑りますし、こけて体を濡らすと体力を消耗します。水を得るために一時的に沢に下るのは問題ありませんが、道を失って下山ルートとして沢を使うことはかなり危険で厳禁です。地形図を見て沢の傾斜が緩やかならば滝があっても周囲を簡単に巻ける可能性があるので下れるかもしれませんが、通常はダメです。藪でも尾根に戻って尾根を下りましょう。
目印を盲目的に信用すること
先に書いたように、基本的に目印は他人のために正しいルートに付けるのが目的ではなく、自分の下山用に付けるわけですから、もし先人の目印が付いていたとしても、その導く先が目的の山頂かも車を置いた地点かも全く分かりません。それに登山ルートではなく水場への目印だったこともありますし、沢登りのルートだったりしたことも。ですから、目印が付いているからといって盲目的に信用してはいけません。必ず読図しながら目的の尾根を進んでいるか注意深く確認しましょう。とはいえ、大半の場合は目的の尾根に着いてから出てきた赤テープは、こちらと同じ場所を目指して付けられた物で大いに参考になりますが。ただ、場合によってはそうでない場合もあるので忘れないで下さい。赤テープに惑わされて雪が降る山中でビバークすることになった知り合いもいます。
12.おまけ情報
12.1 踏跡入口のありがちな場所
地形図に波線が描かれていなくても実際には登山道がある山も数多くあります。登山道があるなら道がない尾根を歩くよりも登山道の方が安全で楽です。人里離れた山奥ではどこに踏跡があるかを推測するのは困難ですが、里に近い山の場合はお寺や神社から山頂へと踏跡が続いていることが結構あります。またお寺の派生で墓地が登山口ということもありますので、地形図を見て麓にそれらのマークがある場合は、とりあえずその裏側に踏跡がないか現地で確認してみましょう。特に神社の場合は山頂に奥社があるパターンが多く、参道が山頂まで延びている確率が高いです。ただし、昔は地元の人が参拝に登っていたのが近年は高齢化で登られなくなり廃道と化している登山道は何カ所かで体験していますので、今後年月が経過するほどこの手段が通用しなくなる可能性があります。里山の場合は人家の裏庭から踏跡がある場合も多いですが、人家の入口に登山道の標識があるわけではないので現地で事前に察知するのはまず不可能で、下山はともかく登りでは利用は期待できません。まずはネットで検索して発見できたらラッキーです。
里から離れた山奥の場合は、林道終点から踏跡があるパターンが多いです。この場合の踏跡はおそらく林業の作業道でしょう。とりあえず車で入れるところまで入って残りは歩き、林道終点から山に取り付くのは自然な発想でしょう。ただし、林道終点に必ず踏跡があるとは限りませんので、それなりの心構えが必要です。とんでもない藪で終わっている可能性も無きにしもあらずです。また、林道の途中から踏跡が始まることもよくあることで、場合によっては利用価値があります。ただし、このようなルートは登山道ではなく林業の作業道であることが多く、目的の山頂まで導いてくれるかどうか全く分かりませんし、尾根を通っているとも限りませんので、もくろんでいた尾根に乗りそうもないときには適当なところで見切りを付けることも重要です。
12.2 読図能力を養う
藪山では読図能力は必須科目であり、これが充分できないうちに深い藪山に挑戦するのは危険です。まずは登山道がある山や小さな藪山で読図能力を鍛えましょう。どうすれば読図能力が向上するのか効率的なトレーニング方法は知りませんが、少なくとも地図を見ないで登山道を歩くだけではダメですね(当たり前)。道があっても標識がないようなマイナーな山が入門コースでしょうか。ま、どこがそんな山なのか事前に分からないけど(^_^;)
読図のコツは、今まで歩いてきた地形と周囲の地形から現在位置を判断することです。ただ、周囲の地形から判断するのは大変難しく、非常に特徴のある形の尾根とかでない限りは自信を持ってあの尾根が地形図上ではここだと言い切るのは難しいです。できるだけ大きな尾根を見つけて地形図と比較してどの尾根なのかを探るのが近道ですが、その尾根が持っている地形図の範囲内とは限らないのが結構痛かったりします。それよりも今まで歩いた地形から推測する方が確実ですが、これまたずっと登りとかありふれた地形だとやっぱり分からないです。結局は最初から現在位置不明で歩き始めて読図で現在位置を特定するのはきわめて難しく、出発地点だけはどこであるか分かっていないと読図は失敗します、というか、たぶんこのあたりだろうと推測できてもかなり不安でしょう。それこそGPSが無いと恐ろしくて歩けません。必ず出発地点=尾根取り付き地点は、地形図上でどこであるか分かる場所にしましょう。
12.3 激藪漕ぎは気力、体力勝負
過去の経験上、笹や石楠花、ハイマツ等の激藪に遭遇した場合に効率の良い藪漕ぎの技術などありそうにないです。もうひたすら藪を漕ぐのみ。背丈を超えて視界が無いのも最悪で、ほとんど進む方向すら分からなくなりますので、方位磁石やGPSで方向を確認する必要があります。また、登れそうな木があったら空身でよじ登って進行方向が正しいか、この先の尾根の状態などを確認することも重要です。場合によっては藪が薄い場所が発見できることもあります。
藪を漕ぐ場合、登山道と違って登りと下りでは所要時間、疲労度が極端に異なります。登りの藪漕ぎは尾根を間違える恐れはなくてルートファインディングは安心できますが、ただ登るだけでも体力を使うのに藪の抵抗が加わるので体力的には相当疲労します。踏跡がない笹の海から笹がない領域に出ると驚くほど足が軽くなり、笹の抵抗がいかに大きいかが分かります。特に雪解け直後で半分寝た笹は「逆目」になっていて地獄ですし、ハイマツも下り方向に幹が寝ているので登りで逆目になります。下りだと重力の助けがあるので深い藪でもわりと簡単にかき分けることができますので、山頂まで登山道がある山では登りは登山道を利用し、下りで道がない尾根を下るのが体力消耗の点からは望ましいところです。しかし、前述のように下りはルートミスしやすくリスクが高くなりますので各自の体力、ルートファインディング能力を天秤にかけて判断することになります。
藪ではザックが引っかかって余分な体力を搾り取られるので、可能な限り荷物をコンパクトにまとめるのが重要です。大ザックで倒木をくぐるのも苦痛です。銀マットなどはザック脇に付けていると藪でボロボロになることも。同様にザックの外側に付けた物はいつの間にか藪にはぎ取られることがありますので、できるだけ荷物はザックの中に収容して下さい。激藪で落とし物をしても回収はほぼ不可能です。藪の距離にもよりますが、可能であれば激藪はアタックザックで突破が理想でしょう。
笹藪の場合、足の力だけで漕ぐよりも手でかき分けながら進む方が楽です。ただ、これは手で押し分けられる程度の藪の濃さだったらの話で、手でかき分けることも不可能な激藪の場合はもがくしかありません。ちなみに手を使って藪漕ぎすると翌日は腕の筋肉痛に襲われます。ハイマツや石楠花の場合は手でかき分けられる堅さではないので、僅かな隙間を見つけて突進するのみ。こんな藪の場合はたぶん足が地面に着かないと思いますので横たわった幹や枝の上を綱渡りです。笹も激藪になると地面に足が着かず、笹を踏みつけながら歩くことになりますが、笹はかなり滑りやすいのでたぶんコケます。濡れた笹は最悪。
激藪に入ると現在位置の把握が困難ですし、体力よりもまず気力が萎えるので、GPSによって正確な残り距離を知ることが諦めないで気力を保つ最高の方法でしょう。正確な情報は大切です。藪はナタで払えばいいではないかと思う人もいるでしょうが、実際の藪はあまりにも濃くて距離が長く、刈っていたらすぐに腕が疲れてしまい、素直に藪漕ぎする方が楽なのが実状です。ナタの重さも馬鹿になりません。
私が経験した中でもっともひどい笹藪は、志賀高原の黒湯山で確定。あれは笹ではなく竹だ(あれが根曲がり竹か)。残雪期に登ったのでかなりの部分は雪の上を歩けましたが、笹が出てしまった部分は凄かったです。志賀高原周辺の笹藪はほとんどこんな感じです。笹のひどさはそこまでいきませんが、とにかく距離が長かったのはまたもや群馬県で三国スキー場からセバトノ頭の間。どういうわけかここは稜線の雪解けが早く、2回とも大型連休前後に入りましたが稜線の雪は無く延々と踏跡のない笹藪が続き、4,5時間は藪と格闘したと思います。これほど長い藪はここでしか体験していません。まあ、残雪期と思ったら雪がなかったので当然といえば当然ですが。ここの石楠花混じりの灌木の藪も強烈でした。ハイマツの藪は長距離の体験はありませんが、後立山の清水岳北西直下、大天井岳西の牛首山、東餓鬼岳、中央アルプス赤梛岳から田切岳間などで格闘しました。ハイマツも森林限界以上のように寝ていれば歩くのは簡単ですが、標高がちょっと下がると幹は横に寝ても枝は立ったハイマツになり、登りは地獄です。
藪ではありませんが、人跡未踏の地では倒木があることは珍しくありません。さほど多くなければ邪魔なだけで大きな影響はありませんが、本数が多く距離が長いと藪と同等に疲れます。なぜ疲れるかというと跨ぎ越えるのに足を大きく上げなければならないから。1時間もこれを続けるとかなり疲れます。多量の倒木+長距離の組み合わせは、長い藪山経験の中でも南ア北部の丸山〜小瀬戸山の間でしか体験したことがないのでよくあることではないと思いますが、藪漕ぎで疲れたところに倒木の嵐だとぐったりきます。場合によっては横倒しの倒木の幹の上を歩けますが、倒れて時間が経過すると皮が腐って苔むして滑りやすくなり、幹の上を歩けなくなります、そいうかそのような場合がほとんどです。
倒木は疲れるだけでなく、笹藪に埋もれた場合は臑をぶつけて泣きたくなるほどの痛みを体験することもあります。笹藪漕ぎの場合は注意しましょう。また、こんな時にゴアを履いていると倒木でズタズタにされることもあるので、ゴアを履いて笹藪漕ぎするときにはゴアの上にロングスパッツを付けましょう。これでゴアの破損をかなり予防できます。私のゴアは南ア北部、笹山〜小黒山の往復で笹に隠れた倒木に引っかけて膝下がボロボロになってしまいました。新調しないとなぁ。
12.5 熊避け鈴は必需品
ほとんど人が入らない藪山では野生動物との遭遇も珍しくはありません。少なくとも人間に会うよりも動物に会う確率の方が高いでしょう。その動物が鹿やカモシカ程度ならいいのですが熊となると話が変わります。熊はさほど山深くない場所でも生息しているので、よほど小さな山以外ならどこにでもいると考えた方がいいでしょう。
でも、熊がいるから危険というわけではありません。私が今まで見た熊は熊は、話に聞くような恐ろしい動物ではなく気の小さな普通の野生動物です。熊は人間を食い物とは思っておらず、人間の気配を感じると真っ先に逃げ出します。熊が人を襲うのはお互いの接近を事前に察知できず、かなり近い距離で初めて相手に気づいた場合です。熊としてはもう逃げられないと判断し、戦うのでしょう。私の山仲間の体験では5mくらいの距離でも熊の方が逃げていったそうです(その人は「熊さ〜ん」と声をかけたそうです)。私が一番接近したときでもせいぜい20mというところでしょうか。この時は熊は木の上にいましたが、動くと逆に人間に気づかれると判断したのか木の上でじっとしていましたが、徐々に遠ざかってある程度距離が離れた段階で木を降りて猛ダッシュで逃げていきました。50mくらい離れた場所で遭遇したときは熊は全く私に気づいてくれないので腰の鈴を打ちならしましたが遠すぎるのか聞こえないようで、手をはたいて退場してもらいました。こちらは一発で聞こえたようで、大急ぎで木を降りて逃げていきました。樹林帯を歩いているときにガサゴソと音がしてその方向を見たら熊がいましたが、のっそりのっそりと遠ざかっていきました。
このように、基本的には熊は逃げる専門ですから、熊に襲われないためには不意の接近遭遇を避けるのが効果的で、人間がここにいますよと知らせてあげるのが一番で、熊よけの鈴はそのための物です。本当かどうか知りませんが、熊は視力はあまりよくないけど聴覚、嗅覚は鋭いようですので、目立つ服装よりも鈴の方が良さそうです。北海道では山菜取りの際は鈴ではなく大音量のラジカセを使用している姿をよく見かけます。相手がツキノワグマではなくヒグマはちと恐ろしいかも。
藪山では藪で鈴を絡め取られて紛失することもありますのでいつも予備を持っていきます。パーティーで行動する場合は話し声が鈴の役割をするので熊避けに効果的です。熊は意外に里に近いところにもいて、人間が気づかなくても熊が先に気づいて逃げていくことが多いようです。土の上の足跡もほとんど気づきませんが、雪がある時期になると頻繁に熊の足跡を見かけます。それでも熊の姿を見ることは滅多にありません。熊が先に察知して安全距離まで逃げてからこっちを観察しているかも?
藪山でしか拾ったことがない物、それは「鹿の角」です。鹿の角は牛の角と違って毎年春に生え替わりますから、雄の鹿1頭につき1年に2本ずつ地面に落とす計算です。ですから鹿の生息密度がやたら高い奥日光などではおそらく年間1000本くらいは新たに落ちているはずなんですが、奥日光の藪山にあちこち登ったにも関わらず鹿の角を拾ったことはありません。このように、長年藪山を歩いていても滅多に拾える代物ではありませんが、希にお目にかかることがあります。
今までに鹿の角を拾った場所は北海道襟裳岬付近の様似岳(これはエゾ鹿)、南ア北部の大唐松山、同じく南ア北部の笹山(黒河牧場近く)、南ア深南部の中ノ尾根山と黒沢山です。笹山では同行者も拾っており、複数人同時に拾えた唯一の場所です。いずれの場所も鹿の密度が濃く、糞を多数見かけたり笹の中に鹿道があったりしました。でも、やっぱり日光で拾ったことがないのは不思議だ。最近では奥多摩も鹿が増えすぎて食害が深刻化しているので可能性があるかもしれません。奥多摩では子鹿と接近遭遇し、鹿の方が驚いて腰を抜かして歩けなくなったという体験をしました。奥多摩では以前は鹿の糞など目にすることはなかったのですが、数年間に歩いたらたくさん落ちていて驚いたものでした。
鹿の角は何もない地面にポツンと落ちていれば目立って簡単に発見できますが、その外観は枯れ枝に酷似しており、よほど注意深く見ていない限りは角とは気が付かないのが現状です。たぶん鹿の角を積極的に探そうと意識していない限りは落ちているのに気づかないのが普通だと思います。私が最初に鹿の角と遭遇したのは南ア深南部の中ノ尾根山で、林道歩きの途中で同行者が発見したのですが、最初は「何で枯れ枝を見つけて喜んでいるんだ???」と鹿の角とは判別できませんでした。枯れ枝に混じっているとまず発見は難しいでしょう。色も形状も枯れ枝そのものです。
でも、枯れ枝がない地面で意識して探せば判別は可能で、過去に発見したのは鹿のヌタ場、樹林の中で笹が切れた場所、林道脇、そして笹原です。笹原では鹿の角は笹の間に隠れて発見は非常に困難なはずですが、踏み跡から外れた笹藪の中で偶然にも見つけることができました。笹が切れた樹林中が最も発見できる可能性が高そうで、鹿の食害がひどい地域で登山道以外を歩く場合は注意してみて下さい。南ア北部の笹山だけが鹿の角がありそうだと注意しながら歩いて実際に発見できた唯一の場所ですが、鹿の食害で立ち枯れたシラビソ樹林中で発見しました。
なお、鹿は冬眠せず冬も餌を探して歩き回る必要があるので、雪深い地域では冬を越せずに生息できませんから、比較的雪が少ない山しかいません。鹿の蹄の面積では雪を踏み抜いてしまい、積雪期は「スタック」してしまいます。だから私が拾ったのはほとんど南アルプスなんでしょうね。奥日光の鹿は冬の間は標高が低いところに避難しているようです。雪国でもいるカモシカは残念ながら鹿の仲間ではなく牛の仲間で、角が生え替わることはありません。牛の仲間だけあってそのパワーは絶大で、鹿と違って積雪をものともせずラッセルするそうです。また、その肉は牛肉並にうまいとの話ですが(東北のジモティーの話)、基本的に禁猟でしょうから食えないだろうなぁ。鹿は警戒心が強く人の気配を感じるとすぐ逃げてお尻の白い毛だけが藪の向こうに見えるパターンが多いですが、カモシカは牛のようにこちらをじっと見てあまり逃げないことも多いです。あれじゃ狩猟対象になったら簡単に撃たれそう。話の方向がずれますが、雷鳥はキジの仲間でこれまたうまいらしいです。当然、私は食ったことはありません。
いきなり奥深い山で藪山トレーニングをして失敗すると被害甚大ですので、最初は小さな山から始めるのがいいでしょう。もし間違っても人里に出られますし、取り付き点からさほど離れていない場所に降りられるでしょう。おまけに山が険しくないので崖から転落や滝を滑落なんてこともありませんから、安心してトレーニングできます。
山の規模としては最初は標高差100m程度のごく小さな山で、あまりのっぺりしていない山らしい山がいいでしょう。なだらかすぎる地形は読図が大変困難ですので、ある程度傾斜がある普通の山の方が適度な訓練になります。このような山から少しずつ標高差を上げていく=コースを長くしていき、難易度を上げていきます。ただし失敗時の被害低減のため、あくまで里に近い山、標高500m以下の山で行いましょう。標高差で200mくらいの山ともなると、おそらくはかなり大きな山でしょうからかなりの訓練になります。この程度の山で場数を踏んでおけばルートファインディングの能力は相当鍛えられます。低山だと数時間で往復できるので、1日何山か登ることができますので、特に冬場のトレーニングにいいかと思います。くそ暑い時期に低山なんか登れないし、春先などは毛虫が張り付いたりしますから冬が最適です。
ある程度自信がついたら次のステップ。里山を離れてある程度標高がある山に向かいます。標高が1500m前後の山あたりが目標で、多くの山はこの範囲にありますので、このレベルの藪を歩ければほとんどの藪山を歩けるのと同じです。このくらいの山になると尾根を間違えると場所にもよりますが相当歩かされることになるので行動は慎重に。行動時間もほぼ1日かかるくらいの規模になるでしょう。ただ、雪国でこの標高だとおそらく猛烈な笹藪でトレーニングというより本番でしょうから、場所の選定は臨機応変に。雪国でなくても場所によっては笹等の藪がお出ましになるかも。ここで藪に慣れて下さい、というか、藪が出てきても驚かないように慣れて下さいませ。藪が深いと単独行ではかなり心細く感じるでしょう。
おそらくはここまでの段階で藪山の技能は習得できているはずで、これ以上の山になると難易度が上がると言うよりは単純にコースが長くなるだけとか、ひどい藪が出てくる確率が高くなるだけです。ようは体力勝負になってくるだけで、技術的には今までの経験で行けるはずです。私が藪で鍛えられたのはなんと奥多摩で、東京都の山でも地形図記載の山全部に登ろうと思うと結構いろいろと経験でき、2000m以上の山でも奥多摩の経験で乗り切れました。ただ、山が大きくなればなるほどルートミスをしたときの被害が甚大で、場合によっては命に関わることになるので、いかにルートミスをしないか、同時にいかにルートミスに早期に気づくかが重要なポイントになります。そのための強力な武器がハンディーGPSであり、難易度が高い藪山の場合はぜひ準備したいところです。もちろん、GPSがあっても使いこなせないのでは話になりませんので、低山で藪山訓練をするときにGPSもお供に連れて行って下さい。最初にGPS無しで訓練し、途中でGPSを導入するとその威力が実感できると思います。
山深い藪山では野生動物は見かけてもほとんど人はいませんので、ルートに不安を覚えても頼りにできるのは自分の力のみで、最初の内は精神的に心細く感じることも多いでしょう(私も最初はそうでした)。やっぱり止めようかなぁなんて気弱になることもあるかもしれませんが、回数を重ねると慣れてしまって、逆に誰もいない静かな山を楽しむ余裕も生まれます。ただ、単独行では怪我をしても助けてくれる人はいないので、安全には十分注意しましょう。藪で怪我の場合は擦り傷程度ですが、岩場では落ちれば重大な怪我につながります。私の場合、これならどうにか行けるかもと思えるような場所でも、危険を避けて迂回するようにしています。
最後に残りそうなヤバい藪山は、アルプス級の山か北海道の山かなぁ。アルプス級では山域により難易度はかなり違い、割と里に近い八ヶ岳が最も簡単で次いで中央アルプスか。逆に難易度が最も高いのが北アルプスで雪深いので藪の程度は半端ではありません。北アルプスともなると無雪期登山は相当な困難が伴うので残雪期中心とならざるを得ないでしょう。南アルプスは無雪期の藪山登山が十分可能で、楽しむという意味では北アよりいいかも。雪が少ないのでほとんど笹が無く、森林限界が高く深いシラビソ樹林で日差しが遮られ、樹林の下に藪があまりありません。藪漕ぎではなくルートファインディングの集大成としては最適かと思います。
最後に
これまたとりとめのない文章になってしまいましたが、今までの経験から学んだことをまとめてみました。多少なりとも藪山入門者の参考になれば幸いです。くれぐれも自分のレベルにあわせて無理のない藪山に挑戦しましょう。